All of you


虎徹の部屋に来るのは二度目だが、前回は看病やら片付けやらに追われて、気付かなかった。
リビングに飾られた数枚の写真。
写真立ての中で、純白のウエディングドレス姿の女性が幸せそうに微笑んでいる。
そして、その隣には、彼のよく知る男もまた笑顔で立っていた。
「この人が亡くなった奥さんですか・・・綺麗な方ですね。
虎徹さんが今でも忘れられずにいるのも分かります」
「へ?」
「だって指輪、今もしっかり着けているくらいだから」
バーナビーに言われて、はっと気付いた。
左手の薬指にはめられたままのプラチナリング。
この身に馴染みすぎて、忘れていた。
――おれってば、またやっちまったか?
バニーの気持ちを傷つけてしまったか?
もし、自分だったら・・・と想像してみる。
もし、好きな人がいて。
その人が過去に結婚していて、今でも死んだ伴侶のことを忘れられずに結婚指輪をしたままで、 自分を誘ってきたら。
――妬くな。間違いなく。
そりゃあ嫉妬するだろう。
いや、そもそも、死んだ人を忘れられないのなら、自分とのことは何のつもりなのかと疑いたくなる。
「いや、これはその・・・ただの習慣っていうか、何となく外し損ねただけで・・・
いつまでも死んだ人間のこと引きずってるなんて、女々しいよな。
うん、外そう」
「ダメですよ、ちゃんと着けていないと」
バーナビーがびっくりしたように声を上げたので、こっちが逆に驚いた。
「思い出は大事にしなくては・・・特に、亡くなった人との思い出は」
年下の相棒は、写真に目を落とした。
「きっと素敵な方だったんでしょうね。一度お会いしたかったな・・・」
そう呟いた若者の表情はとても穏やかで、いつもの強がりではなさそうだ。
「でも・・・お前、イヤじゃない?」
「どうして?」
バーナビーがきょとんとする。
「だって、あなたは今でも奥さんのこと、大事に思っているんでしょう?
だったら、着けておかないと」
「はあ」
こいつはどういうつもりなんだ?
虎徹は困惑する。
「あなたがそういう人だから、僕は」
「・・・」
沈黙があたりを包んだ。
「・・・」
堪えきれなくなったのは、虎徹だった。
「・・・僕は?なんだよ?」
バーナビーが言いかけのまま止めてしまった続きを促すと、
「何でもありません」
年下の相棒は、視線から逃れるように背を向けた。
「言いかけてやめるなよ。気持ち悪いだろ」
「もう忘れました。どうせ大したことじゃないので、気にしないでください」
「ウソつけ」
虎徹はバーナビーに詰め寄った。
「今のは、流れ的に『あなたがそういう人だから、僕はあなたが好きなんです』って、そういうことだろ?」
「キザっぽく言うの、やめてもらえません?ちょっとイラッとするんですけど」
「ごまかすなよ。僕はあなたが好き、愛してるって言おうとしてたんだろ?」
「何を言おうとしたのか、もう忘れましたけど、それだけはナイです」
「いやいや、流れ的に絶対そうだろ?恥ずかしがらずに言ってごらん」
「だから、ナイって言ってるでしょう」
「まーたまた、シャイなんだから、バニーちゃんは」
虎徹はバーナビーが逃げられないよう、両手で頬をはさむと、そのエメラルド色の瞳をじっと覗きこんだ。
「あなたがそういう人だから、僕は・・・はい、続きは?」
若者はしばらく逃げ場を求めて視線を彷徨わせていたが、やがて逃げられないと観念したらしく、 じっと見つめ返してきた。
「・・・あなたがそういう人だから、僕はいつもイライラさせられるんです。
好きとか何とか、人にムリヤリ言わせようとするの、止めてくださいよ。子供じゃあるまいし。
本当にあなたときたら、幼稚なんだから。年上なら年上らしくしてくださいよ。
まったく、こっちが恥ずかしい」
「・・・って、なげーよ!絶対そんな長ゼリフじゃなかったろ!!」
「いえ、今ので間違いありません。思い出しました」
バーナビーはしれっとした顔で答えてきた。
「あーもー何の話してたんだっけか?」
虎徹がぐるぐると髪をかきむしると、
「・・・その指輪」
バーナビーが言った。
「外すことなんてないですよ。
だって、それはもう、あなたの一部じゃないですか」
早く冷蔵庫にしまわなくちゃ。
バーナビーは買い物袋を下げて台所に姿を消した。
――あなたが愛しているものならば、私も愛しているわ。
かつて妻だった女が言ったセリフを思い出す。
――どんな過去も、今のあなたを作っているものだから、全て私にとって愛しいわ。
「・・・ああ、そうか」
虎徹はソファに座り込んだ。
「あいつもお前と同じなんだな」
しょうもない所も女々しい所もひっくるめて、全て受け入れようとしてくれる・・・ そんな人間に、この短い一生のうちに二回も出会えるなんて、おれは幸せ者だよなあ?
それとも、友恵、お前が引き合わせてくれたのか?
おれが一人で寂しがってるんじゃないかって。
死んだ後まで心配かけて、すまねえな。
けど、おれは大丈夫。
お前が残してくれた楓と――
天が与えてくれた新しい出会いと――
なんとかやってくよ。
「ちょっと虎徹さん!!またゴミ溜めてましたね!!せっかくこの間綺麗にしたのに!!」
台所から、うさぎちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
「えー?そんなことねえだろ」
よいしょ、とソファから立ち上がる。
「そんなことでキーキー騒ぐなよ。死ぬわけじゃなし」
「死にます。不衛生です」
年下の相棒が形のよい眉をつり上げて睨んできた。
「いや、おれ、掃除って苦手で。バニーちゃん、頼むわ」
「なんで僕が」
「相棒じゃん」
「僕はあなたに何かしてもらったことなんてありませんけど」
「そう?じゃ、今夜、思いっきり可愛がってやるからさー」
「なっ」
普段はミルクのように白い肌が、見る間に真っ赤になった。
湯気が立ちそうだ。
これだから、バニーをからかうのは止められない。
「つまらないこと言ってないで、とっととゴミまとめて下さい!」
真っ赤な顔で怒鳴ると、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「へいへい」
虎徹は立ち上がると、写真の中の女に片目をつむってみせた。
彼女はそっと微笑んでくれたように見えた。

To be continued...

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