虎徹さんの受難


もう二度とやらない。
脅されようが、ナニされようが、断固として断る。
俺はそう心に決めていた。
あの夜、あんなマチガイを犯してしまったのは、ひとえにふいをつかれたせいだ。
想像を絶する事態に立て続けに襲われて、まっとうな判断力が働かなかったのだ。
明日から、バニーがどんなとんでもないことをのたまおうと、絶対に動揺しない。
大体、落ち着いて考えてみれば、いくら社長の肝いりだろうと、会社に入りたての若造が、 気に入らないという理由だけで先輩社員のクビを切れるほど、世の中は甘くない(はずだ)。
楓。お父さんは、社会の理不尽なんかに負けないからな!
・・・と気合いを入れて毎日出社していたものの、拍子抜けな日々が続いていた。
バニーと一緒にいる時間は、コンビだけに多いが、二人きりになることはまずない。
オフィスにいれば、ロイズさんや経理のおばちゃんがいるし、トレーニングセンターには他のヒーローたちもいる。
取材やらイベントには必ずスタッフがいるし、ヒーローTVだってそうだ。
おかげで気まずい空気を味あわずに済んでいる。
そして、バニー自身はといえば、まったく何も変化はない。少なくとも、俺にはそうとしか感じられない。
相変わらず、生意気で生意気でクソ生意気で、常に上から目線でモノを言ってくる。
テレビカメラの前では完璧な笑顔を振りまき、世の女性たちを虜にしているのも相変わらず。
そんな姿を目の当たりにしていると、あれは俺の夢だったのかな?なんて気分になってきた。
うん、そうだ。
きっと、あれは俺の夢に違いない。
バカだな、俺!十代のガキでもないのに、なんであんな夢見たんだろ。
友恵が亡くなって以来、ご無沙汰してるからなー。
だからって、相手がバニーとか。
フフフ、俺ってばお茶目さん☆
気が軽くなったら、小腹がすいていることに気付いた。
今日はバニーとは別行動だ。
バニーの奴は今頃、このビルの別フロアで雑誌の取材とグラビアの撮影をこなしているはずだ。
俺はといえば、ヒーロー事業部のオフィスで、事務処理中。
今日中に経費精算の書類を提出するよう厳命されたのだ。
要は、オフィスに軟禁中ってこと。
でも、監視役のおばちゃんも、少し前に所用で別フロアに出かけていったので、今は俺一人。
「あー、肩こるわー。休憩すっか」
鬼のいぬ間になんとやら。俺は、つかの間の憩いの時を満喫しようと、 机の引き出しからカップラーメンを取り出した。
部屋の隅のポットからお湯を注いで、フタをする。
とたん、オフィスのドアが開かれた。
え!おばちゃん、早い!
俺が焦って振り返ると、そこにいたのは、金髪の青年だった。
「バニー?お前、雑誌の取材中じゃ・・・」
そう言い終える前に、俺はバニーにお姫様抱っこされていた。
「へ?」
バニーは俺を抱え、ものも言わずにオフィスを飛び出した。
「下ろせっ!ラーメンのびる!!」
廊下を走るバニーに俺がどなると、奴は一言だけ言った。
「やりましょう」
「はあ!?」
その返事に呆気にとられている間に、バニーは俺を抱えたまま非常階段をぴょんぴょんと駆け上り、 二つ三つ上のフロアに出ると、近くのトイレに駆け込んだ。
俺を奥の個室に押し込んで、自分も中に入って扉を閉める。
勢いのままに、尻もちをつくように俺が便座に座ると、バニーは扉に寄りかかるようにして真正面から俺を見つめた。
その顔色は青白く、緑色の瞳だけがぎらぎらと光っている。
「バニー、お前、大丈夫かよ?」
あんまりひどい顔色だったから、この突飛な行動の訳を問いただすのも忘れてしまった。
だが、バニーの方は返事もせず、無言のまま俺のベルトに手をかけた。
「ちょ、おまえ、なにやってんの!?」
「やりましょう」
「はあ!?ここ会社だぞ!マナーというかエチケットというか常識というか・・・いろいろおかしいだろ! 大体人に見られたらどうすんだ!」
「大丈夫です、このフロア、テナント入ってないんで」
「掃除のおばちゃんくらい来るだろう!」
「大丈夫です、すぐ済ませますから。雑誌の表紙撮影が始まるんで、十五分後には戻らないと」
「撮影中かよ!?今すぐ戻れ!」
「やったら戻ります」
「後でやれ!」
「どうしても、今じゃなきゃ駄目なんです!!」
鬼気迫る・・・とはこういう顔を言うのだろう。
尋常じゃないその気迫に圧倒されて、思わず言葉を失った。
俺が猫だましを食らった猫みたいにぽかんとしている隙に、 バニーは手慣れた仕草であっと言う間に俺の下着まではいでむき出しにすると、 俺を勃たせるべく奉仕し始める。
「やめろって」
「いやです」
「大体お前、慣らしてもないのに、いきなり入るわけないだろ」
「大丈夫です、何とかなります」
「ムリだって!痛いって!」
「大丈夫です、痛いくらいの方が興奮します」
お前な・・・
俺は頭を抱えたが、そうこうしている間にも、バニーの舌づかいは確実に俺のツボを突いてきて、 刺激を受けた俺は恥知らずにもしっかり反応してしまい、 バニーは満足そうに眼を細めた。

そこから先は何がなにやら分からないうちに、気付いたら、バニーは俺に後ろから犯される格好で絶頂を迎えた。
満足そうに息をついて、うなだれる。余韻を味わうようにじっとしたまま。
白かった頬には、うっすらと紅が差し。
長い睫毛がふるふると震えている。
俺はその横顔にちょっと見惚れた。
本当にこいつは綺麗なんだよな。
俺の知っている男という人種とはまるで違う生き物だ。
・・・と言っても、前を見たら、俺と同じモノがついてるんだけど。
「ピーピーピー」
電子音のアラームに耳をつんざかれて、俺は現実に引き戻された。
「時間だ」
タイマー、セットしてやがったよ、こいつ!かっきり十五分で終わらせるために!
呆気にとられる俺の前で、 バニーはすくっと立ち上がると、トイレットペーパーで自分の前の始末をし、身支度を整えた。
そうして、振り返った顔は、いつものクソ生意気で自信に満ちあふれたスーパールーキーのものだった。
なんなんだ、コイツは。
男の精を吸って生きる妖怪か。
「じゃ、撮影に戻ります」
やる前の病人みたいな顔色の悪さはどこへやら。
若者らしい溌剌とした表情で、風のようにグラビア撮影に戻っていった。
残された俺は、半端にたちあがってしまったものを一人で始末してから、オフィスに戻った。
水分を吸いきってぶよぶよになった冷めたラーメンをモソモソすすっていたら、 経理のおばちゃんが戻ってきて、「おやつ食べる暇があったら書類終わらせて」と叱られた。


「バニー、俺がお前を呼んだ理由は分かるな?」
撮影が終わった頃を見計らって、俺はバニーを呼び出した。
さすがに外でできる話ではないから、俺の家に招いた。
バニーの家は、この間の出来事のせいで俺のトラウマになったからだ。
バニーは素直にうちにやってきた。
そして、俺の問いにも、
「僕に怒っているんですね?」
と答えてきた。
「今日はすみませんでした」
俺に向かって、申し訳なさそうな顔をしている。あのバニーが!
さすがのお前も、今日はやり過ぎたと反省してくれたか。
うんうん、それならば、俺も許してやらないことはないぞ。
「お詫びに今夜はたっぷりサービスしますから」
「は?」
「だって、怒ってるんでしょう?
昼間、僕が自分だけイッて満足してしまって、あなたをイかせてあげられなかったから・・・」
こいつ、分かってねー!!
「あちょ!」
「痛い!」
俺のチョップを脳天にくらってバニーが眉を吊り上げた。
「いきなり、何するんです、痛いじゃないですか」
「全然違うわこの色ボケ兎!俺が言ってるのはそういうことじゃねえ!」
「じゃあ何で怒ってるんです?」
バニーは心底不思議な顔をする。
「ちょっとそこ座れ」
バニーは素直に従った。床に尻をつけてぺたりと座り込む。
正座ではなかったけれども、その辺は文化の違いだから仕方ない、大目に見よう。
「バニー、お前な・・・自分を大事にしろよ」
「してますよ。マッサージは毎日欠かしませんし、 月に二回美容院、週末にはエステに行って自分を磨いていますとも」
「ちっがーう!」
「何なんですか、本当に。もういいです。全部、僕が悪いんです。すみませんでした。
はい、これでいいですか?」
「お前から謝るなんて珍しい」
「言い争ってる時間が無駄なので」
「・・・そんなにやりたいか」
「Exactly!」
かちんときた。おじさん、かちんときたよ?
「わあ、なんです?今夜はワイルドですね♪」
「喜ぶな!」
「乱暴にされる方が好きなので」
ほんのり頬を染めた残念なハンサムが答えてきた。
「・・・分かった」
俺が頷くと、この残念なハンサムは期待に目を輝かせる。
俺は、その肩にぽんと手を乗せた。
「お前は早くに両親を亡くして、家族の愛情に飢えてるんだな。
そんなに淋しいのなら、俺が添い寝してやるから」
「・・・は?」
バニーがそれはそれは冷たい目で俺を見た。
「添い寝?」
「そう。
援交する女の子たちって、両親の愛情に恵まれてない子が多いんだって。 こないだ、テレビ見てたら『シュテルンビルト警察二十四時』で言ってた」
「・・・これだから、おじさんは。頭の悪い女子高生と一緒にしないで下さい」
「お前には俺がついてるからな!もう淋しくねえぞ?」
「なに寝ぼけたこと言ってるんですか。僕はSexがしたいんです!」
バニーは、バンバンと床を叩いて主張する。
「だから、そーゆーのは本当に好きな人ができたら、やりなさい」
俺が答えると、バニーは白けた目を向けてきて、これみよがしに深いため息をついた。
「・・・もういいです。あなたに期待した僕が馬鹿でした」
「どこ行くんだよ?」
「今まで通り、そういう店で相手を探します」
「だから、そういうのをやめろって言ってんの」
「あなたにとやかく言われる筋合いはありません。僕はもう子供じゃない。僕が何をしようと僕の勝手だ。
僕には、あなたを辞めさせることだってできるんですからね?」
・・・そういうところがガキだっていうんだよ。
「分かった。じゃベッドで裸になって待ってろ」
「始めから素直にそう言えばいいのに」
フッとキザな笑みを浮かべて、バニーはいそいそと寝室に向かった。
準備完了した俺がベッドに行くと、色ボケ兎は言われた通り、生まれたままの姿で横たわっていた。
お前のそういう素直な所、嫌いじゃないぞ。
「じゃ、目つぶって。俺がいいって言うまで目を開けるなよ」
バニーは頷くと、ぱちっと目を閉じた。
「いい子だ」
さて、それでは始めるか。
俺が行動を開始したとたん、
「冷たい・・・!」
バニーがびっくりしたように声を上げた。
反射的に目を開けてしまったようで、自分の下半身の状況を目の当たりにして絶句している。
「目あけていいって言ってねえだろー」
「い、一体なにを・・・?」
バニーが怯えた顔を向けてきた。
まあ当然の反応だな。
自分の急所にカミソリの刃が当てられているのを見たら、男なら誰だってビビる。
「安心しろ。痛いことなんてないから。ちょっと毛を剃るだけだからなー」
「はあっ!?」
「動くなよ、バニー。手元が狂ったら、ホンモノのオカマになっちまうぞ?」
逃げようとするバニーを脅かしながら、俺はさくさくと作業を進める。
「虎徹さんのカミソリさばきを見せてやろう。この顎鬚は伊達じゃねえぞ。
シェーバーしか使ったことないガキにはできないだろう」
「ちょ、ちょっと・・・!」
「はい、できたー!ほーら、子供みたいにつるつるだ。これで悪さできねえだろう?」
「なっ!?」
「いい歳して生えてないとか、恥ずかしくて他人にゃ見せらんないもんなー?」
「・・・あ、あなたという人は・・・!!」
バニーは肩をふるふる震わせて、雪のように白い肌を真っ赤にして怒っている。
でも、今さら怒ったところで後の祭りだ。
元通りのオトナの体になるまで、しばらく時間が必要だ。
これで当分、男漁りなんてできないはず。
「観念しな。一人じゃ寝られないってんなら、俺が添い寝してやるから」
俺が片目をつむってみせると、バニーの奴はきりきりと眦を吊り上げた。
お?なんだ?やるか?
タイマン上等。まだまだ若い者に引けはとらねえよ?
バニーの攻撃に備えて身構えると――
「・・・ひどい・・・」
エメラルド色の瞳からぽろりと透明な雫が頬に落ちた。
「・・・え?」
バニーはベッドの上に尻をついて座りこんだまま、ぽろぽろと涙を流していた。
きゅっと口唇を引き結んで声を押し殺したまま、静かに泣いている。
「えと・・・バニー?バニーちゃん?」
予想外の反応に、俺は完全に困惑した。
その姿はただの子供じゃあないか。
まずいことに、女子供の涙に、俺は弱いのだ。
「あー・・・うん、俺、ちょっと調子に乗りました。ごめん」
謝っても、バニーは肩を落として泣いたままだ。
「ごめん、ごめんな、バニー。泣くなよ?な?時間が経てば、元に戻るんだし」
ようやくバニーは潤んだ瞳を俺に向けきた。
だから、子供をあやす時にやるように、抱きしめて背中をぽんぽんと叩いてやる。
「なー、ほんとごめん。ちょっとふざけすぎた。
でもな、行きずりの相手を探すのは、もう止めような?
色々危ねえだろう?病気とか、ヤバイ薬とかさ」
「・・・分かりました。男漁りはやめます。こんな体じゃ誘えないですし」
バニーは俺の耳にそっと囁いた。
おおっ!やっと分かってくれたか!!
「だから、あなたが僕をイかせてください」
「うん・・・え?」
バニーの顔を覗きこもうと体を離そうとしたら、俺はベッドに押し倒された。
「僕がベストのコンディションを維持できるよう、協力して下さい。 あなたは僕のパートナーなのだから、そのくらいして当然ですよね?」
上から俺を見下ろすバニーはにこっと笑った。
こいつ、ウソ泣きか。
「・・・お前さー、なんでそうまでしてこんな事したいの?」
俺が尋ねると、バニーはきょとんとした。
「最初に言ったでしょう?男にヤられないと興奮できないって」
「んー、それはまあ、置いといて。その相手は、俺でいいの?」
すると、バニーは綺麗な顔に笑みを浮かべた。
「どうでもいい相手だからできるんじゃないですか、こんなこと。
大切な人には、自分の汚い姿なんて見せられない」
「お前にとって汚いことなんだ、これは」
俺がエメラルドグリーンの瞳を覗きこむと、バニーはまっすぐに見つめ返してきた。
「当たり前でしょう?
男に突っ込まれて喜んでいるなんて、変態じゃないですか。
あなただって、僕を軽蔑してるでしょう?」
目の前の若者は、俺にそう問い返してきた。美しくて恐ろしく冷たい微笑を浮かべて。
「俺は――」
だから答えようとすると、バニーは白い指で俺の口を封じた。
「何も言わなくていいですよ。偽善も憐みもいらないから。
僕がほしいのは、何も考えられなくなる時間だけ。
僕を軽蔑してくれて結構ですよ」
バニーはにこっと笑った。
その綺麗な面の上にあるのはどう見たって笑顔なのに、 どうして、さっきの泣き顔がかぶって見えるんだろうな?
・・・きっと、必死だからだろう。
笑顔を作って余裕のあるふりをしてみせてたって、 本当は、泣きたいくらいに追い詰められてるんだ。
俺がこのまま逃げたら、こいつは自分を抱いてくれる男を探しに夜の街に行ってしまうんだろう。
さあ、どうする俺?


つづく



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