虎徹さんの受難


「・・・あの、マーベリックさん、今夜一緒に食事でもいかがですか?」
電話のバーナビーの声は憂いを含んだものだった。
今夜はシュテルンビルト市議たちとの会食の予定が入っていたが、 そんなものはキャンセルだ。
あのバーナビーが急に会いたいと言ってくるなんて、よほどのことだ。
私が多忙なことは承知しているから、会うときにはきちんとアポを取ってくるのに。
そんな遠慮はいらない、親友の忘れ形見である君は私にとって息子同然なのだからと言っても、 静かに首を振って、ありがとうございます、その言葉だけで嬉しいですと遠慮するあの子が。
よくしつけられた犬のように、悲しいまでに聞き分けのいいあの子が。
私はすぐに秘書に命じて、いつものレストランの個室を予約させた。

「すみません、急に・・・お仕事、お忙しいのに」
会うなり、バーナビーはひどくすまなさそうな顔で頭を下げてきた。
「いいんだよ。私も久しぶりに君とゆっくり話がしたいと思っていたところだ」
私の返事に、若者は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「仕事の方は順調そうだね。ロイズくんから報告は受けている。
幼い頃から優秀だった君のことだから、心配はしていなかったが、期待以上だよ」
「ありがとうございます。
あとは、ウロボロスの正体がつかめれば・・・両親の仇が早く取れたらいいのですが」
「焦ることはないよ。 ヒーローとしての君の活躍に、天国のご両親もきっと満足していることだろう」
そう。この青年は、素晴らしいヒーローとなった。
若さに見合わぬ冷静さで瞬時に状況を判断し、 5分間だけ身体能力が100倍になるという見栄えのするネクスト能力で、 番組を盛り上げる。
デビューしてまだ数か月だというのに、ルーキーとしては破格の活躍をしている。
聡明で、身体能力も高く、そして美しい。
まったく、私の見込んだ通りだ。
二十年前、親友夫婦の家に遊びに行って初めて会った時から確信していた。
この子は、ヒーローになるべきだと。
それがこの子自身のためなのだと。
バーナビー、エミリー、そうだろう?
君たちの息子を私に預けて正解だった。
ネクストでない君たちでは、この子の能力を開花させることはできなかった。
ネクストとして生きるということがどういうことなのか、知らない君たちには。
しょせんネクストを理解できるのは、ネクストだけなのだ。
「はあ・・・でも、昨日もポイントをみすみす他のヒーローに取られてしまいましたし」
目の前の青年は、母親に似た面差しに自嘲の笑みを浮かべた。
それなら、テレビで見ていた。
「ワイルドタイガー・・・君と同じハンドレッドパワーのネクスト。 君のいい引き立て役になってくれると思ったんだが、私の見込み違いのようだったな。
他のパートナーを探してみるか――」
「やめてください!」
常にない語気の荒さに、私はワイングラスを落としかけた。
「あ・・・すみません。大きな声を出してしまって・・・」
目の前の青年は恥じ入るように頬を赤らめ、うつむいた。
一体どうしたというのか。
全くいつもの彼らしくもない。
だから、私は優しく尋ねた。
「何か悩みでもあるのかい?バーナビー。 何でも相談しておくれ。私は君のことを息子だと思っているのだから。 私に、君の力にならせておくれ」
そっと手を握ってやると、若者の緑色の瞳が力なく揺れた。
テレビの中の彼とはまるで別人だ。
道に迷った子供みたいに頼りなげな表情を浮かべている。
これがあのクールなバーナビー・ブルックスJr.?
他人が見たら、さぞや驚くことだろう。
だが、これもまた彼の一面。
もっともそれを知るのは、この世でただ一人、私だけだけれど。
「・・・マーベリックさん。 あのオジサンは、ハンドレッドパワーの他にも何か能力を持っているんでしょうか?」
バーナビーは困惑しきった表情を浮かべていた。
「なに?そんな話は聞いたことがないが・・・何かあったのかね?」
「あの人とセックスするようになってから、僕、おかしいんです」
この若者がその若い性欲を満たせる相手が同性であることは、知っている。
時おり、行きずりの相手と一夜の情を交わしていることも。
だから、何も驚きはしない。
何しろ、そう仕向けたのは、他ならぬ私なのだから。
男に突っ込まれながら悦びに啼くなんて、ヒーローとしては重大な欠陥ではあるが、仕方ない。
私の作った箱庭から出られないようにつけた首輪の一つだ。
過酷な生い立ちにも関わらず、人を疑うことを知らない純粋無垢なこの青年に、 誰かが要らぬ知恵をつけぬよう。
男をそそのかすものは女と、アダムとイブの時代から決まっている。
本来、バーナビーに同性を愛する性癖はないから、肉体を繋げたところで心まで奪われることはない。
だから、私のネクスト能力で、かつて男にレイプされて以来男相手でないと満足できない という偽りの記憶を植えつけ、女を遠ざけた。
彼は、ヒーローでなければならない。
ヒーローには、くだらない恋愛ごっこなどにかまけている暇はないのだ。
だが、何と言っても彼はまだ若い。 欲望に負けることもあるだろう。 背徳の快楽は、この情緒不安定気味な若者にとって、 一種のトランキライザー(精神安定剤)にもなっているようでもあるし。
だから、パートナーであるロートルヒーローとそういう関係になったところで、別に驚きはしない。
手近なところで済ませようとしたのだろう、と察するだけだ。
「おかしい?」
だから、私が咄嗟に思ったのは、変な病気でも移されたか?というくらいのことだったのだ。
その懸念を、バーナビーはゆるゆると首を振って否定した。
「あの人、ちっとも上手くないんです。
やたら人の心配してじれったいくらい動かないかと思えば、 興奮して夢中になりだすとこっちが嫌だと言ってもやめなくて・・・メチャクチャするし。
なのに、あの人じゃないと駄目なんです。
もっと上手で気持ちよくしてくれる男はいくらでもいるのに・・・あの人じゃないと満足できないんです。
いろんな男と寝てきたけれど、こんなことは初めてで・・・
僕は一体どうしてしまったんでしょう?」
・・・バ、バーナビー?
目の前の若者は、ぽっと頬をバラ色に染めて、うつむいたまま、テーブルにのの字を書き始めた。
「元々、あの人は僕の相手をするの嫌がってて・・・ノーマルだから当然ですけど。 最近は誘っても、酒飲んで酔っ払って寝ちゃうんです。
ちっともセックスしてくれないんですけど、でも、 あの人がそばにいてくれると、夢も見ないで眠れるんです。
セックスしないでも悪夢にうなされないなんて、そんなことあるんだってびっくりして。
だから、あの人が酔っぱらって寝ちゃっても、そのままにしておくようになって・・・ 昨日は、あの人の方から『お前溜まっててイライラしてんだろ。やる?』って言ってきたんですけど・・・
あらたまって言われたら、なんていうか、もう恥ずかしくなっちゃって・・・
僕が黙ってたら、あの人、 『しないでいいなら、俺もその方が助かるけど。 じゃあぐっすり眠れるように、子守唄でも歌ってやるか』とか言い出して、 『バニーちゃん、ほら寝て』って僕のことベッドに抱き上げて。
僕はバニーじゃない、バーナビーですって何度言っても聞かなくて。
人のこと、ウサちゃん呼ばわりなんて、本当にバカにしてると思うんですけど、 でも、あの人にそう呼ばれるとなぜかホッとしてしまって・・・
あ、子守唄はその後、本当に歌い出したんですよ。子守唄って。 しかも、声はいいのに、ちょっと音痴で・・・あの人ってどうしてああなんでしょうね?
僕が笑ったら、本気で落ち込んでました。
セックスは確かに気持ちいいんですけど、でも・・・ それを言うと、あの人に嫌がられてしまうから。
だったら、もうしなくてもいいかなって。
あの人といれば、夢も見ないくらい、ぐっすり眠れるんだから・・・
その方があの人も楽しそうだし・・・
あの人が笑ってくれると、僕も嬉しいし・・・」
なんということだ!!!!!!!
バーナビー。
お前が素顔と本名を晒してヒーローとなった理由を知った時、大衆は涙し、その戦いに熱狂するだろう。
両親の仇を取るために全てを捧げてきた、悲劇のヒーロー。
正義の復讐者。
その悲劇のドラマに大衆は酔いしれる。
それなのに。
「マーベリックさん?」
両親が亡くなって以来見たことのなかった柔らかい笑みを浮かべている若者に、 私はワイングラスを差し出した。
「パートナーとうまくいっているのは、いいことだ。 君たちの前途に乾杯しよう」
「ありがとうございます」
睡眠薬入りのワインを飲んだ若者はたちまちテーブルに崩れた。
「おやすみ、バーナビー」
ヒーローとは、唯一無二の存在である。
仲間はいてもいい。
同じ志を持ち、支えてくれる仲間は。
だが、誰もヒーローと同じ高みには立てない。
それでこそ、特別な存在たりえるのだから。
両親の仇が討てるまで、怒りと悲しみだけがお前の友。
そうでなくてはならない。
真のヒーローとは、孤高の存在なのだ。


つづく



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