虎徹さんの受難


「抱いてください」
と次にバニーが言ってきたのは、十日ほど経ってから、トランスポーターの中でヒーロースーツを脱いでいる時だった。
銀行強盗がパトカーを奪って逃亡し、街中でド派手なカーチェイスを繰り広げたおかげで、 ヒーローTVは大いに盛り上がった。
犯人逮捕も、スカイハイとバーナビーが二人ずつ、とポイントを分け合い、 ランキング争いもヒートアップしている。
おかげで、終始アニエスはご機嫌だった。
「ゆっくり休んで英気を養ってちょうだい」
なんて、珍しく殊勝な言葉で通信が切れた。
「事件解決の後の汗は気持ちいいねえ」
久しぶりの大きな事件で、俺もすっかり気分が高揚していた。
けが人もなく、犯人は全員逮捕。最高の結果だ。
今夜の酒はさぞ美味いだろう。
しかし、その気分に水を差した奴がいた。
「あなたは、ハイウェイを壊しただけじゃないですか」
隣の金髪の若者だ。
相変わらず、嫌味な奴。
「ほっとけ。お前は大好きなポイント、稼げたんだからいいだろ」
そう言い返したら、戻ってきた返事がコレだ。
「抱いてください」
・・・会話になってないんですけど。
本当に突拍子ねえよな、お前って。
俺は呆れて、その綺麗な顔に目を向けた。
バニーは悪びれた風もなく、いつもと変わらぬスカした表情で俺を見ている。
「分かった」
俺が答えると、バニーは緑色の目を一瞬丸くした。
「・・・断らないんですか」
「断ってほしかった?」
「Yesと返されるケースは想定してなかったので。リアクションに困ります」
「今度からは想定しとけ」
「どうした心境の変化です?あんなに嫌がっていたのに」
「男とヤるのが病みつきになっちゃったのかもなー」
「・・・おじさんの冗談は面白くありませんね。あなた、そんな人じゃないでしょう」
グリーンアイズが用心深げに細められた。俺の真意を探るように、瞳を覗き込んでくる。
探りたいのなら、好きなだけ探ればいい。
俺はお前と違って、隠したいことなんて何もない。
お前が満足できる答えなんて、始めからどこにもないんだよ。
それが分かるまで、気のすむまでどうぞ。
「で?場所は?俺の家?それとも、お前んち?」
「・・・じゃあ、僕の家で」
探るような眼差しのまま、バニーは答えた。


「・・・んん?」
目を開けて、天井を見つめること数秒。
ここが自分の部屋じゃないことは分かる。
室内は暗い。大きな窓に目をやると、イルミネーションの灯りが見えた。 まだ朝は遠いようだ。
ええと?
俺はなんでバニーの部屋の床で寝てるんだっけ?
バニーの部屋にいる理由は分かる。あいつの誘いに乗ったからだ。
素面じゃさすがに無理なので、とりあえず酒を飲むことにして、そして――
そのまま酔っぱらって寝ちゃってた!
「やばい!」
俺は飛び起きた。
「一体なんのつもりなんです、オジサン!?」
鬼の形相でそうどやしつけられる――と覚悟したのだが。
すうすうすう。
すぐそばから規則正しい寝息が聞こえる。
見れば、バニーが長身を丸めて眠っていた。
「・・・バニー?」
そっと声をかけてみても、全く目を覚ます気配はない。
よく眠っている。
ベッドに連れていこうかとも思ったが、せっかくこんなに深く眠れているのに、 起こしたりしたらかわいそうだ。
とりあえず、何かかけるものでも・・・
と思って気が付いた。
足元に毛布が落ちている。さっき、飛び起きた時に落ちたのだろう。
酔いつぶれて自分で毛布をかけるわけがないから、これを俺にかけてくれたのは・・・
「ありがとな、バニー」
俺はバニーの体に毛布をかけてやった。
昼間の太陽の下ではシュテルンビルトの若き守護神らしい精悍な肉体が、 今はなんだか頼りなく見える。
体を丸めて眠るその姿は、暗闇に怯える小さな子供だ。
『両親と暮らせる時間を大事にしてください。
家族みんな揃って一緒にいられたら、それだけでとても幸せなことなのですから』
あのインタビュー記事の言葉、あれはお前の本心だろう。
テーブルの上に置かれた一枚の写真。
写真の中の小さなバニーは、両親の間で幸せそうに笑っていた。
バニー、お前が欲しいのは、両親のぬくもりと愛情なんだ。
いくら男や女をとっかえひっかえしたって、満たされない。
お前の求めているものは、永遠に失われてしまったのだから。
今のままじゃ、お前は永遠に満足できないよ。
早く気づいてくれよ、バニー。
そうしたら、こんなバカげたマネなんかしなくて済むんだから。


あの後、俺も寝てしまい、結局何もなく夜が明けた。
でも、バニーはそれを咎めることもなく、怒っているようでもなかった。
ツンと澄ました顔はいつもの通りで、可愛げないのも通常通り。
だから、もう二度と誘うつもりがないのかと思っていたら、そうでもなくて、 ファンへのプレゼント用に色紙にサインを書いている時だとか、 ヒーローTV放映開始までのカウントダウンの最中だとか、 あいかわらず読めないタイミングで声をかけてきた。
しかし、すっかり味をしめた俺は、先にしたたかに酒を飲み、 酔っぱらうことでこの危機を回避し続けた。
そんなわけで、この兎ちゃんはかなり溜まっていたせいもあってか、 俺への風当たりは日に日に強くなり、何かにつけて嫌味は言うわ、 上から目線の説教をしてくるわ・・・
そして、先日のヒーローTVの後で爆発した。

「ちょっと、オジサン!
他のヒーローが犯人確保できるように手伝うなんて・・・!
敵に塩を送るようなマネをするなんて・・・一体どういうつもりです!!」
「敵って・・・市民の安全を守るのが俺たちヒーローの仕事だろ。
犯人を逮捕することが重要なんであって、誰がやろうとそんなのは二の次だ。
ロックバイソンが一番近くにいたんだから、手伝ったまで。
お前の位置からじゃ遠すぎた。逃げられちまうわ」
「ヒーローとは、ポイントを競い合うライバルです。
あなたは僕のパートナーでしょう?僕をサポートすべきです」
「それってヤキモチかー?バニーちゃん」
「は?」
それはそれは冷たいグリーンアイズに睨まれて、
「・・・何でもありません。独り言です」
俺はすごすごと引き下がるしかなかった。
「よう、虎徹!ポイント、サンキュー」
久々にポイントゲットできたロックバイソンが上機嫌で近づいてくる。
「良かったな。おかげでこっちはバニーちゃんがカンカンだ」
「そのようだな」
古い馴染みは肩をすくめた。
「虎徹、お前、あいつとはうまくやれてんのか?」
「見ての通りだよ。毎日説教されてばっか。よっぽど俺が気に食わないらしい」
「あらん、分かってないわねー」
ふらりとファイヤーエンブレムが現れて、俺たちに意味深な笑みを向けた。
「ハンサムが言いたい放題ずけずけ言うのは、タイガーだけでしょ。
それってつまり、タイガーには心を許してるってことじゃない」
「そうなのか?」
俺がアントニオに尋ねると、旧友は口をへの字に曲げた。
「こいつがそう言うんなら、そうなんだろ。 俺やお前なんかより、こいつの人を見る目は確かだからな」
違いない。
こいつのこういうシンプルな所を俺は尊敬している。
「お前、いいこと言うな。ほんと、いい奴なのに、なんで彼女ができないのかな?」
「余計なお世話だ!」
「あらん、一人寝がさびしいなら、アタシがいつでも添い寝してあげるわよ〜?」
「だから、尻を触るな!」
いつものやりとりにゲラゲラ笑っていると、ふと視線を感じた。
振り返ると、グリーンアイズと目が合った。
だが、それはほんの一瞬で、すぐに目を逸らされてしまった。
兎ちゃんのご機嫌は思った以上に悪いようだ。
「おーい、バニー!悪かったって!」
俺が手を振ると、バニーはツンと顎をそびやかして歩き出した。
「ダメよ、タイガー。兎は淋しいと死んじゃうんだから。ほら、そばに行ってあげなさいな」
ファイヤーエンブレムは俺の脇腹をつついてきたが、俺は「えー」と不満の声を上げた。
「なんでついてくるんです、とか冷たくあしらわれるだけだって。
触らぬ神に祟りなしってね、ご機嫌ナナメのウサちゃんには下手に近づかない方がいいんだって」
「ほんとに分かってないわね、タイガー。いいから、行きなさい!」
背中をはたかれて、仕方なく俺はバニーの後を追った。
「なんですか?」
予想通り、バニーの冷たい一瞥を食らったが、もう慣れっこだ。
「お詫びに今夜は俺がおごるから!な?美味いもん食おうぜ」
「僕なんかより、みなさんと飲みに行かれたらどうですか」
つーん、とそっぽを向くその表情。
どこかで見たことがある・・
ああ、そうだ。楓だ。
先月授業参観に行く約束をしていたのに、出動要請が出てドタキャンすることになり、 謝ろうとその夜電話したら、「もうお父さんなんか帰ってこなくていい!」と切られてしまった。
・・・なるほど、ファイヤーエンブレムの言うことは正しいのかも。
「まあまあ、すねるなよ」
「誰がすねてますか」
グリーンアイズがむっとする。
面倒くさい奴。
けど、しょうがない。
亡くなった両親の代わりに、甘やかしてやろうじゃないか。
楓には、お袋も兄貴もいるけど、お前には誰もいない。
せめて俺一人くらい、お前を甘やかす奴がいたっていいだろう。


つづく



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