「僕を抱いて下さい」
目の前の金髪の若造は、俺に言った。
一日のスケジュールをこなし、緊急出動命令も出なかったので、夕方にはオフとなった。
飲みに出るにはまだ早い時間だが、ま、いいか。
「バニーちゃん、飲みに行かない?」
俺は年下の相棒に軽い気持ちで声をかけた。
どうせ断られることは分かっていたから、ただの習慣というか挨拶みたいなもんだ。
何しろ、この相棒ときたら、人のことを「オジサン」呼ばわりしてはばからない、
生意気で生意気で、クソ生意気な若造で、俺に向ける眼差しは常に冷たい。
俺のことを厄介なお荷物くらいにしか考えてないのだ。
確かに、こいつは有能だ。
身体能力は高いし、頭もいいし、加えてルックスもいい。
犯人を(こいつの言うところの)スタイリッシュに逮捕して、フッと微笑めば、
テレビの前の女子供が黄色い声を張り上げるのも当然だろう。
しかし、何と言っても、こいつはまだルーキーなのだ。
翻って、この俺はこの道十年以上のベテラン。先輩だ。
俺だって好きでこいつとコンビを組んでるわけじゃない。
でも、この仕事には誇りを持っている。
つまらない意地を張ってる場合じゃない。
こいつのことは確かに気に入らないが、パートナーとケンカしてたら何もできない。
俺の敵は、この街の平和を脅かす犯罪者たちであって、クソ生意気な年下の相棒ではないのだ。
まあ、若い頃ってのはやたらとんがりたい時期だしな。
そう好意的に受け取ることにして、俺は仕事をうまくいかせるためにも、
この生意気な相棒と親睦を深めようと日々努力しているわけだ。
その努力が報われたことはなかったが。
まあ、いいさ。
俺はこの仕事を続けられればそれで十分。
それが、今はもういない最愛の女との約束だから。
「ええ、いいですよ」
「バニーちゃんはこのまま帰るよねー・・・って、いいのオ!?」
俺は驚いた。
突如夜空が明るくなり、まばゆいばかりに輝く円盤状の飛行物体から宇宙人が目の前に降りてきたって、
ここまで驚きはしないだろう。
「はい。でも、場所は僕の家でもいいですか?お店だと落ち着いて話もできないので」
顔出しヒーローとしては、ごく当然の要望だ。
俺は年下の相棒の家に招待されて、親睦を深めることになった。
・・・ということで、冒頭に戻る。
クソ生意気な年下の相棒の部屋は一人で暮らすには広すぎるほど広く、綺麗に整頓されていたが、
イスが一つしかなかったので、二人して床に座って飲むことにした。
そうしてヒーローTVを見ながら、小一時間ほど二人であれこれダメ出しをしあい、
テレビが終わったところで、こいつは言った。
「僕を抱いてください」
は?
俺は自分の耳がおかしくなったのだと思った。
「聞こえませんでした?」
俺が無言のままでいたので、バニーが返事を催促する。
「ははっわりーわりー。なんか今、とんでもない幻聴が聞こえて」
「幻聴?」
「抱いてくださいって聞こえて。耳が悪くなったな、俺も。歳かなー」
あはははっと能天気に笑う俺に、バニーは真顔で答えた。
「あなたの耳は正常です。何の問題もありません」
「いやいや、んなわけねえだろ。ちょっとそこのグラスとって下さいみたいな顔して言うことじゃないよね。
そもそも俺たち男同士だ。だよね?実はお前、男装した女の子だったとか?」
「僕は自分のことを男だと思っていますし、生まれてこのかた自分の性別に疑問を持ったことはありません」
「じゃああれか。いわゆるホモってやつ?同性しか愛せないっていう… 俺に惚れたってこと?」
俺がビクつきながら言うと、バニーはけらけらと心から楽しそうに笑った。
こいつがこんな風に笑うのを見るのは、初めてだ。
「あははっあなたにしては面白い冗談ですね!
この僕があなたみたいに冴えないおじさんに惚れるなんて、最高のジョークだ!」
「はあ?じゃあほかにどういう理由が?抱くってその・・・アレだろ?」
「はい。セックスです」
きっぱりはっきり、バニーは笑顔で答えてくれた。
この謎かけ、俺はお手上げだ。
「俺のこと好きってわけでもねえなら、なんで俺なんかにそんなことを?」
「確かに、まともな頼みじゃないことは僕も分かっていますから、誰にでも言うわけじゃありませんよ。
あなたなら、変な病気も持ってなさそうだし、体力だけは無駄にありそうだし。
それに何より、あなたに軽蔑されても、僕はちっとも傷つかないから」
・・・なにそれ。なんか俺が傷つくんですけど?
「自分がゲイなつもりはないんですけどね。男を愛したことはないので。
女性ともやってみたんですが、男にやられるほどには夢中になれなくて。
どうも、男にやられないと興奮しないみたいなんです、僕」
そんなことカミングアウトされてもね?
ダメだ。目の前のハンサムは軽く俺の常識を超えている。
「悪いけど、他当たってくれる? 俺には手に余る相談だ」
「あなたに選択の余地はありませんよ」
「俺にだって好みってもんがある」
「断ったら、僕はマーベリックさんにあなたとは組めない、相手を変えてくれと頼みます。
彼は僕の言うことなら何でもきいてくれるので、あなたはクビだ。
もうヒーローは続けられなくなる」
はあ!?脅迫!?
「そんなにやられたいなら、社長に頼め!何でも聞いてくれるんだろ?」
「ええ、彼にもやってもらってましたが、もうお歳でしょう?無理させるのも忍びなくて」
おおい、ナニやってんの社長!?
「いや、ムリだから!いくら何でも、男にたたないって!」
「心配はいりません、僕うまいですから。気持ちよくさせてあげます。
僕のテクニックでたたなかった男はいません」
そんなドヤ顔で言われましても!?
「クビになってもいいんですね?」
なんなの、この状況!!
ヒーローという仕事を長く続けてきて、「もうダメかも」と思ったことは何度かあるが、
ここまで差し迫った危機を感じたのは、初めてだ。
どうする、俺!?
結果から言うと、こいつの言葉に嘘はなかった。
俺は嫁が死んで以来、実に数年ぶりにハッスルしてしまった。男相手に。
いくらご無沙汰だったからって。
いくら前さえ見なきゃ男に見えないくらい綺麗だからって。
いくらその肌がなめらかで、そのテクが予想以上のモノだったからって。
ああ、あの世で嫁に合わせる顔がない。いやその前に田舎に預けている娘に顔向けできない。
楓。お父さんは、お父さんは社会に負けた。薄汚れた大人になってしまった・・・
ベッドの中で落ち込んでいると、
同衾しているハンサムの皮をかぶったエイリアンが肌をつやつやさせて言った。
「僕たち、体の相性いいみたいですね」
「やめろー思いださせるなー」
毛布を頭からひっかぶった俺に、バニーの声が降ってくる。
「これからもよろしくお願いしますね」
「これから!?」
「時々無性にやられたくなるんです」
「そのたびに俺につきあえと?」
「今までは、そういう社交場に行って一夜限りの相手を探したりしてたんですけどね。
いちいち段取り踏むのも面倒くさくて。
それに、僕もう顔が売れちゃったじゃないですか。
タブロイドにすっぱ抜かれても困りますし。
手近なところで済ませられるようになって、よかった」
「よくねーよ!!」
「いいじゃないですか。タダで風俗で遊べると思えば」
「俺は愛のないセックスはしたくないの」
俺は毛布から顔を出して、きょとんとしているバニーを見上げた。
「こういうことは恋人とやれ。お前、あんなにモテるんだから、恋人なんてすぐできるだろ」
「だから言ってるじゃないですか、男にやられないと興奮できないって」
「じゃあ、男の恋人つくれ」
「僕、ホモじゃないんで」
話が一向にかみ合わない。
「ホモでもないのに、なんでこんなことやり慣れてんだよ!?」
「十代の頃男にレイプされたせいですかね。女性じゃ満足できなくて」
・・・え?
俺が絶句したのを見て、バニーははにかんだ。
「あ、僕のことかわいそうだなんて思わなくていいですよ。別に気にしてませんから。
四歳の時に、目の前で両親が殺されたことを思えば、どうってことありません。
むしろ、この快楽を教えてくれたことに感謝すべきでしょうね」
バニーはベッドに裸の体を投げ出した。
「やられてる間・・・
頭の中が真っ白になるのが好きなんです。過去からも未来からも切り離されて、ただこの今だけを感じられる。
余計なことを何も考えないでいられる。
そういう時間ってなかなかないでしょう?
食事をしていても、お風呂に入っていても、ふとした時に思い出してしまう。
寝ている時だって、夢に出る・・・
僕が過去から解放される、唯一の時間なんです。
それに何と言っても、最高に気持ちいいですし。
気持ちよすぎて気が変になりそう」
ふふっと笑って、バニーは目を閉じた。
いつか本当に気がふれてしまえたらいいのに・・・
そう聞こえたような気がしたのは、俺の気のせいか。
「バニー?」
シーツにうつぶせたその顔をのぞきこんでも、バニーは目を開かない。
その赤い唇からは、規則正しい寝息が漏れている。
「寝たのかよ」
ねだって、ダダこねて、甘えて、サカって。
最後は、遊び疲れた子供みたいに眠ってしまった。
ナリは俺よりでかいくせに。
・・・俺はとんでもなく厄介なハンサムとコンビを組んでしまったのでは?
ひとり夜の中でため息をつき、とりあえず、俺は隣で眠る子供の肩に毛布をかけてやった。
つづく
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