Cutie Bunny


「バーナビー、今日は出社の日よね?」
朝一番に、アポロンメディア・ヒーロー事業部のオフィスを訪れたのは、アニエスだった。
「今日こそは、ディナーショーの出演、承諾させるんだから!」
朝っぱらから張り切っている。
その姿を見て、虎徹は苦笑した。
まったく大したキャリアウーマンだ。
彼女のタフさは、ある意味、ヒーロー以上だと思う。
「でも、バニーの奴、相当嫌がってたぜ?」
虎徹が話しかけると、彼女は真っ赤な口唇を尖らせた。
「それが分からないのよね。今まではどんな企画でもちゃんと受けてくれたのに」
「今はあのマーベリックの裁判中でもあるしな。
そんな気分になれないって言ってたぞ」
「あら、だからこそ! そういう時こそ、忙しくしていた方がいいのよ。
下手に考える時間が多くなると、精神衛生上、余計によくないわ」
なるほど。
そういう考えもあるか。
「それに、イベントって利益率高いのよ!
かかるコストって、会場の設営関係と人件費だけじゃない。 一番おいしい商売なのよ!
特にバーナビーなんてうちの社員なんだから、いくら働いてもお給料一緒だし」
「・・・鬼か、お前は・・・」
コーヒーをすすりながら、虎徹は思わず呟いた。
街の平和を守るヒーローにも敵わない相手がいる、と思い知らされる。
「それにしても・・・バニーの奴、遅いな」
腕時計に目をやると、そろそろ始業時間だ。
しかし、バーナビーはまだ現れない。
いつもなら、真面目な彼は、もうとっくに出社している時刻だ。
「なあ、アニエス。お前、報道関係に知り合い いない?
裏社会にコネのある奴」
虎徹の唐突な依頼に、アニエスは首をかしげた。
「そのくらいいるけど・・・」
「そいつ、紹介してくれよ。大至急」
「構わないけど・・・どうかしたの?」
「紹介してくれたら、バニーの奴、ディナーショー引き受けるぜ」
虎徹の言葉に彼女は一瞬きょとんとしたが、
「ディナーショーの件、間違いないわね?」
と念押ししただけで、仔細も聞かずに携帯電話を取り出した。


「う・・・」
目が覚めると同時に、全身を包むひどい倦怠感に襲われた。
目蓋を開くことすら、億劫だ。
それでも、自分の置かれた状況を把握しようと、バーナビーは必死に辺りを見回した。
自分が今体を横たえているのは、ベッドの上だ。
柔らかなクッションが心地よい。
そこから見えるのは、アンティークの見事な調度品で飾られた部屋の中。
窓がないので、今が昼だか夜だかも分からない。
「ここは・・・?」
嫌がる体に鞭うって、バーナビーは上半身を起こした。
体に力が入らない。
両手をベッドマットについて、上半身を支えているというのに、座った姿勢をとっていることすら辛い。
「はあ・・・」
思わず息をつく。
このだるさは、普通じゃない。
何かの薬物のせいだ。
記憶をたどる。
スラム街に来て、一番賑わっているクラブに入って、 声をかけてきた女とも男とも酒を飲み、会話を交わした。
多分、その時口にした酒に薬物が入れられていたのだろうが・・・
しかし、ウロボロスのウの字も出していないし、ましてや素性がバレたとも思えない。
こんな風に監禁される理由が見当たらない。
さらに状況を把握しようと、バーナビーは顔を上げ、室内を見回した。
とたん、人影が動いた。
「誰だ?」
しかし、人影は沈黙している。
じっと目を凝らして、その人影を見る。
女の子だ。
フリルとレースで飾りたてられた、ふわふわのスカートをはいている。
白い肌に背中まで届く長い髪。頭には、リボンとレースの大きなカチューシャをつけている。
まるでお人形のようだ。
・・・と思って気が付いた。
「これ、鏡・・・?」
ぎょっとして、自分の姿を振り返る。
フリルのスカートの裾から伸びているのは、確かに自分の足だ。
「なんだ、これ・・・!?」
思わず鏡を覗きこむ。
鏡の中で、愛らしい姿の少女が困惑した顔をしていた。
「なんて格好してんだ、バニー」
部屋の扉が開いて、男が入ってきた。
自分のことを「バニー」と呼ぶのは、この世にたった一人しかない。
「虎徹さん・・・?」
虎徹はひゅうと口笛を吹いた。
「うちの娘がまだちっちゃかった頃、そんな格好させたことがあったなあ。
女の子なら、一度はこんな風に、思いっきり可愛らしいカッコさせたいもんな。 お人形みたいにさ。
しかしお前、よく似合うな。全然、違和感ねえや。
可愛いぞ。うちの娘に負けてねえよ」
「・・・好きでやってるんじゃありません。目が覚めたら、こんなことに・・・」
バーナビーは顔をしかめた。
「いやいや、本当、このまま部屋に飾っときたいくらいだ。
唯一残念なのは、変装中ってことだな。
いつもの金髪とグリーンアイズの方が、おれとしては好みだ」
「・・・あなたのシュミなんて聞いてません」
バーナビーは、呑気な顔して喜んでいる相棒をにらみつけた。
「ここは一体どこですか?どうして、あなたがいるんです・・・?」
「ここはスラムの中のホテルさ。
ホテルって言っても、役目としちゃ倉庫みたいなもんだな。商品の一時保管場所」
「商品・・・?」
バーナビーが座りこんでいるベッドの端に、虎徹も腰を下ろした。
そうして、変わり果てた姿になった相棒の顔を覗きこむ。
「お前、もう少しで売り飛ばされるところだったんだぜ?
あんまりお前が可愛いんで、綺麗な服着せて、お人形みたいに部屋に飾りたいってヘンタイにさ。
まったく言わんこっちゃない。
お前探すの、苦労したぜー。
アニエスに頼んで、裏社会にツテのある奴を紹介してもらってさ。
ま、おかげで、お前の珍しいカッコを拝めたけどな。
しかしまー、本当に似合ってるよなー。
ちなみに、下着も女物?」
「わあっ!ちょっと、スカートめくらないで下さいよっ!子供ですか、あなたっ」
「別に恥ずかしがることねえだろう。お前、いつも風呂上り、パンツ一丁で部屋の中うろうろしてるじゃん」
「それと今とは違いますっ」
スカートの裾をつかむ虎徹の手を押さえようとしたが、薬のせいで体に力が入らない。
バランスを崩して、ベッドの上に倒れこんでしまった。
「おー、パンツまでレースで可愛いな」
虎徹の楽しそうな声が聞こえる。
――恥ずかしい。
普段だったら、速攻で蹴り飛ばしてやるのに、こんな脱力した状態では何もできない。
「ん?どうした?バニー?今日はやけにおとなしいな?」
虎徹がようやくいつもと違う若者の様子に気付いたらしい。
「どこか具合いでも悪いのか?」
「何でもありません」
一服盛られて動けない、なんて知られたら、それこそ、ここぞとばかりにからかわれるに決まってる。
そんな屈辱、耐えられない。
バーナビーが黙っていると、虎徹はその顔を覗きこんできた。
「今日のバニーは、何だかしおらしげで可愛いな。
外見変えると、中身まで変わるのか?」
バーナビーが抵抗しないのをいいことに、ぐりぐりと頬ずりしてくる。
さらにはその勢いで、バーナビーの体はベッドに仰向けに押し倒されてしまった。
レースとリボンで飾られた、お人形のような若者の姿を、虎徹はまじまじと見つめていたが、
「うーん、本当に可愛いなあ。あのバニーとは思えん。別人だな」
「え?ちょっと・・・」
「いや、もうこれはバニーじゃないな。うん。そうだ、そうに決まってる」
「なに言ってんですかっ」
「もーホント食べちゃいたいくらい、可愛いな。全身ぺろぺろしたい」
虎徹がバーナビーの鎖骨に口づけを落とす。
「ひいっ」
バーナビーが悲鳴を上げると、虎徹はにんまりと笑いかけた。
「これに懲りて、無茶するのやめろよな」
「・・・助けてくれなんて頼んでません。冷やかしなら帰ってください」
バーナビーは目の前の男を睨みつけた。
その表情だけは、確かに、虎徹のよく知る若者のものだ。
有能で生意気で、だけど、どこか危うい彼のもの。
虎徹は、年下の相棒を覗きこんだ。
「お前な・・・
自分がどれだけ危険なことしてるか、分かってるのか?
どれだけ無謀なことしてるのか・・・
まったく、今まで無事に済んできたのが奇跡だよ。
お前の気持ちは分からなくもないが、少し冷静になれ。
お前の両親を殺した犯人は、マーベリックなんだし・・・
ウロボロスのことは、そんなにムキにならなくてもいいだろう」
「・・・あなたに何が分かるんですか」
バーナビーの瞳が暗い光を放った。
「確かに、両親に直接手を下したのは、マーベリック・・・
自分の罪を公けにされそうになって、口封じに二人を殺した・・・
マーベリック本人がそう言ったんだから、それが本当なんだろう。
だけど、僕には分からない。
どうして、偽りの記憶を僕に与えた時、犯人をウロボロスの関係者だと思わせたかったのか・・・
なぜ、わざわざ、あのタトゥーの記憶を植えつけたのか。
ウロボロスって何なんだ?
どうして、僕は両親を失わなければならなかった?
僕を操ってヒーローにして、マーベリックは何がしたかったんだ?
ウロボロスの正体が分からなければ、僕は何一つ納得できない。
ただ両親を殺した真犯人が分かればいいってものじゃないんだ。
僕がこれまで過ごしてきた二十年は・・・ 僕の人生は、そんなに軽いものじゃない。
あなたには、分からない・・・!!」
「・・・ああ、分からねえよ」
虎徹は言った。
「でも、分からないのはお互いさまだろ。
おれがどれだけ心配したと思ってるんだ?
お前が無事で、本当によかった・・・!!」
虎徹はバーナビーを抱きしめた。
強く強く。
呼吸が止まるんじゃないかと思うほどに。
その腕の力強さが、言葉よりも雄弁に語っていた。虎徹の思いを。
だから、バーナビーとしては、こう言うより他になかった。
「・・・すみません」
小さな声で呟いた。
「心配かけて・・・ごめんなさい」
「分かればよろしい」
バーナビーの頭を撫でながら、虎徹は言った。


つづく



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