「さあ、帰るぞ。ホテルの表に車止めてあるから」
虎徹に言われて、バーナビーは答えた。
「ちょっと待ってください。今、この服脱ぐので」
「脱ぐって・・・お前の服、ここにあるのか?」
「こんな格好で外に出るくらいなら、裸の方がましですよ」
そう言ってきた若者の表情は、きわめて本気だ。
「おいおい、ヒーローが軽犯罪法違反はマズイだろ・・・」
虎徹は呆れたが、バーナビーが本当に服を脱ぎ始めたので、慌てて止めた。
「いいじゃねえか、どうせその格好じゃあ、誰もお前だなんて気付かねえし」
「そういう問題じゃありません」
「全裸の方がよっぽど問題だって」
しょうがねえなあ、と虎徹は呟いて、バーナビーの体を抱き上げた。
「いつもお前にお姫様抱っこされてるからな、たまにはお返ししないと」
「ちょっと、下ろしてください!」
「やっぱりこのポーズは、お姫さまのが似合うなあ」
「誰がお姫さまですかっ」
「ほんと、そのフリフリドレス、似合ってるよなー。
今でこんなに可愛いんだから、十代の頃のお前だったら、本物のお姫様みたいだったろうなー。
よく無事でいられたよ。本当に奇跡だ」
「・・・以前は、スラムもさすがにここまで荒んでませんでしたよ。
街に遊びにきた素人をいきなり捕まえて人身売買するなんて・・・
この街もずいぶん治安が悪くなっていますね・・・」
「ふうん、そうだったのか・・・」
バーナビーの返事を聞いて、虎徹はふいに真面目な顔になって黙り込んだ。
この街の治安を守るヒーローとしては、複雑な思いがあるのだろう。
最近ヒーローになったばかりの自分と違ってこの人は、
自分がよくスラムを訪れていた十代の頃からヒーローとして、ずっとこの街を守ってきたのだし・・・
余計なことを言ってしまった、とバーナビーは後悔した。
何か話題を変えようと、虎徹の顔を見上げた。
「ええと、その・・・」
口を開いてはみたものの、何を言ったらいいのか分からない。
困り果てていると、自分を見下ろしてくる虎徹と目が合った。
「・・・しかし、お前、本当によく似合ってるな。
どうせなら、いつもの金髪・グリーンアイズでその格好したところを見たかったなー」
――このオジサンは。
バーナビーは眉間に皺を寄せた。
「・・・そんなにこういうドレスが好きなら、娘さんに着てもらえばいいでしょう。
そっちの方がずっと可愛いですよ」
バーナビーがそう答えると、虎徹はため息をついた。
「あー、楓はもうあんな服着てくれねえよ。
可愛いカッコしろなんて言ったら、キモイーとかウザイーとか言われるだけだもん」
「本当のことなんだから、仕方ないでしょう」
「お前な・・・
それに、お前だからいいんじゃねえか。
普段とのギャップがな・・・こう・・・」
「・・・あなた、そういうシュミだったんですか」
軽蔑の眼差しを寄こしてくるバーナビーに、虎徹は開き直る。
「お前のせいだろうが。お前があんまり可愛いから。
おれがヘンな世界に目覚めちゃったら、お前のせいだからな」
「自分の変態性を人のせいにしないで下さい」
バーナビーが冷たく言っても、虎徹はけらけらと笑うばかりだ。
「そんなにその格好を見られたくないなら、その毛布でもかぶってな」
虎徹に言われて、バーナビーはベッドの上の毛布を剥ぎ取ると、頭からすっぽりとかぶった。
「あーあ、せっかくお前をお姫さま抱っこできたのに・・・
これじゃあ、荷物抱えてるみたいだな」
虎徹は部屋を後にした。
スラムから自宅に直行し、屈辱のフリフリドレスを脱ぎ捨てて、
バーナビーは美容院でいつもの姿に戻してもらうと、出社した。
すっかりいつもの格好に戻ったバーナビーを見て、
虎徹が最初に口にしたことは、相棒の体調を気遣うものなんかではなく、例のふりふりドレスの行方だった。
捨てた、と答えたら、もの凄く残念そうな顔をされた。
まったく、このオジサンときたら・・・
一言いってやろうと口を開きかけたとたん、
「バーナビー!」
聞きなれたアニエスの甘い声が響いた。
「やっとディナーショーやる気になってくれたのね!」
「は?」
きょとんとするバーナビーの横から、虎徹が答える。
「ええ、もちろん!こいつ、すっかりやる気になってますんで」
「じゃ、さっそく会場押さえなくちゃ」
アニエスは上機嫌でオフィスから出ていく。
「・・・虎徹さん」
バーナビーは隣の相棒にじめっと湿った目を寄こした。
「あなた、僕のこと、アニエスさんに売りましたね・・・?」
「だってお前、あの街の顔役につなぎをつけて、お前を買い戻すのに、
どれだけの大金を払ったと思ってるんだ?
そして、そんな大金、おれが払えるとでも思うのか?
おれは、お前と違って、優雅な独身貴族じゃねえんだぞ?」
バーナビーは憮然としていたが、ふいにアニエスを呼び止めた。
「アニエスさん!
ディナーショーは、タイガー・アンド・バーナビーでお願いします!」
その言葉を聞いて、アニエスは少し考えたが、
「そうね、それも面白いかもね。了解!」
ウインクを残して、颯爽と戻っていった。
「バニー!お前、きったねーぞ!!」
「汚いのは、どっちですか」
わめく虎徹に、バーナビーは言い返す。
「助けてやった恩を仇で返しやがって・・・」
「助けてくれなんて、頼んでません」
「まったく可愛げのない・・・
ああ、あの格好してる時は可愛かったのに。
この写真だけがおれの癒しだ・・・」
虎徹が自分の携帯を取り出して眺めている。
その待ち受け画像は――
「いつの間に写真なんて撮ってたんですか!!」
バーナビーの顔が真っ赤になった。
「そんなもの、消してください!!」
「やだね!おれの天使だもん」
虎徹の手に握られた小さなディスプレイの中では、
リボンとレースで飾りたてられた愛くるしい少女が体を丸めて眠っていた。
闇の中に閉じ込められて、助けを求めているお姫さま。
この姿もまた、確かに、この若者の一面なのだ。
To be continued...
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(蛇足)
最初考えた時には、バニーがスラムに潜入捜査に行って、
あーんなコトやこーんなコトされちゃうオトナ的18禁的内容を思ってたんですが・・・
なぜこうなった。
個人的には、この二人には可愛らしい話が似合うような気がして・・・
仲良くじゃれあっててほしいな、と。
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