二十年前、目の前で両親が殺された。
そのときから、復讐のために生きることを決めた。
唯一の手がかりは、四歳の時の記憶だけ。
それだけを頼りに、犯人を探し続けてきた。
犯人につながる情報を手に入れるためなら、どんなことでもした。
ヒーローという仕事を選んだのもそうだ。
そうして、ようやくたどり着いた真実。
本当の犯人は、育ての親と慕っていた男で。
しかも、自分の筋書き通りに、僕の人生を操っていた。
両親の復讐のために悪と戦うヒーロー――それが、僕に割り当てられた役だった。
安っぽいけれど、実に分かりやすいドラマ。
善良な視聴者をひきつけるにはもってこいだ。
全ては、ヒーローTVをより盛り上げるため。視聴率を稼げる見世物にするため。
ただ、それだけ。
なんて、くだらない。
そんなくだらないもののために、僕の人生は作られた。
僕が生かされたのは、そんなくだらない理由のためだったのだ。
二十年前に、両親と一緒に死んでいれば・・・
そうすれば、こんな虚しさ、知らずにすんだのだろうか。
「あれ、バーナビーじゃない?」
「きゃっ本物!? 生で見てもカッコイイのね〜」
「サインとかもらえないかな?」
「話しかけちゃ悪いんじゃない?」
女の子たちがこっちをチラチラ見ながら色めきたっている。
いつものこいつなら、その気配に気付いて、自分の方から愛想よく応じるだろうに。
虎徹の相棒は、窓の外に目を向けているばかりだ。
今までは、他人の視線のある場所で、こんな風に自分の世界に没頭したりはしなかった。
どんな時も、人目を意識して、好青年を演じていたものだったのに。
今のこいつには、女の子たちの声など聞こえていないし、多分、
目の前の虎徹が呼びかけてもその声は届かないだろう。
まるで彼だけが違う世界の住人のように。
それでも、
「やーん、ほんとカッコイイ」
女の子たちは大喜びしている。
二枚目って得だ。
黙っているだけで絵になるのだから。
虎徹は携帯電話を取り出した。
ちろり〜ん。
場違いに可愛らしい音がして、携帯カメラのシャッターが切られる。
ようやく、虎徹の相棒はこちらの世界に戻ってきたようだった。
「・・・なにしてるんです?」
「お前のプライベート写真、売れそうだなーと思って」
「はあ?」
銀色のフレーム越しに冷ややかな眼差しを寄こしてきた。
そうして、ようやく周囲の様子に気付いたらしい。
にっこりと、いつもの爽やかな笑顔を見せる。
女の子たちの悲鳴がさらに一オクターブ上がった。
だが、その場に響いた無粋な電子音が彼女たちの嬌声をかき消した。
「ボンジュール・ヒーロー」
アニエスが甘い声でエマージェンシーコールを告げた。
現場は、オフィスビルの立ち並ぶ街の中心地区。
建設中の高層ビルの屋上だった。
下から見上げると雲をつくような高さで、骨組みだけの骸骨状態とはいえ、
その頂きはほとんど見えない。
そんな上空で、遠隔操作で動いていた作業車両が制御不能状態に陥り、暴走しているという。
この高さでは、コンクリートの破片が一つ落ちてきただけでも、地上には甚大な被害をもたらすだろう。
工事車両でも落ちた日には、周りのビルを巻き込んで、どれほどの惨事になるか・・・
すぐにでも、車両を止めなければならないのだが、
元々人間が作業できる場所でないから機械に任せているのである。
そこで、NEXT能力を持つヒーローが呼ばれた、ということだった。
「よおし」
と張り切る虎徹に、彼の年下の相棒は言った。
「僕が行きます。虎徹さんはここにいて下さい」
虎徹の能力が減退しているのを知って以来、こういうセリフが多くなった。
虎徹としては不満だが、下手に意地を張って、こいつの足を引っ張ることになっても困る。
あの高さまで上って暴走している機械を止めるなんて技は、
確かに普通の人間では不可能だが、
彼の相棒ならば、他人の助けなどなくとも、こともなくやってのけるだろう。
鉄骨だけとはいえ、これだけ細かく組まれていれば、ジャングルジムを上るようなものだ。
自分の身体能力と、スーツの性能もあることだし、NEXT能力を使うまでもない。
バーナビーは難なく屋上までたどり着いた。
制御不能に陥っている車両というのも、すぐに分かった。
動力を切ってしまえば、ただの鉄の塊だ。
これで、任務完了。
それが、気の緩みを招いたのか。
眼下に広がる美しい町並みに気を取られた、ほんの一瞬。
「あ・・・」
足元がふらついた。
無重力状態は一瞬だった。
落ちていく。
先の見えない奈落の底に。
足の先から血が冷えていくような、異常な感覚。
――夢と同じなんだな。
落下する夢を見たことがあるが、その時のぞっとする感覚と全くおんなじだ。
高いところから落下するなんて、そんな経験ないのに、どうして体は知っているんだろう。
妙なところに感心する。そんな呑気なことを考えている場合ではないのに。
生命の危機を察知した本能が、反射的に能力を発動させようとする。
五分間だけ身体能力が通常時の百倍になる――通称、ハンドレッドパワー。
鉄骨のわずかな突起にでも手をかけられたなら、鉄棒の要領でジャンプする。
空中で体勢を整え、鉄骨の上に着地すればいい。
でも。
ふと、思う。
このまま能力を発動させなかったら? と。
何百メートルも落下していって、地面に衝突したその瞬間、衝撃で骨まで粉々に砕けるだろう。
この体は、生命活動を停止するだろう。
本能が急かす。
早く能力を発動させろ、と。
手遅れになる前に。
――手遅れ?
手遅れって、どういうこと?
この命を守らなければならない理由ってなんだろう?
両親を殺した真犯人も全て分かった今・・・この世界にしがみつかなきゃならない理由なんてあるのか?
虚しさと悲しみしかないこの世界に、どうして留まっていなければならない?
このまま、能力を使わなければ、僕は自由になれるのだ。
痛みも苦しみも何もない場所に行けるんだ。
父さん。母さん。
あなたたちのいる所に行きたいよ。
僕はもう疲れた・・・
「何やってんだ、バニー!!」
怒鳴り声が降ってきたかと思うと同時に、体の落下が止まった。
腕にはワイヤーが絡み付いていて、それがバーナビーの体を空中で支えていた。
見上げれば、思った通り、相棒が眉をつり上げてこちらを睨んでいる。
おとなしく待っていて、と言ったのに。
つづく
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