「バッカ野郎、なんで能力発動させねえんだよっ!!」
近くの鉄骨に降り立ったとたん、
いきなり胸倉をつかまれて、バーナビーは反射的にその手を払いのけた。
「・・・ちょっとタイミングを計っていただけです」
後ろめたさを見抜かれないよう、バーナビーは視線を外した。
「タイミングだあ?そんな悠長なこと言ってる場合か。あのままだったら、お前間に合わなかったぞ!」
「そんなことありません」
「あるって!」
虎徹は眉をつり上げて、怒鳴ってくる。
しつこいな。
顔を背けたまま、バーナビーは内心毒づいた。
八つ当たりであることは、自分でもよく分かっていたけれど。
「虎徹さんこそ、能力どの位もつか分からないのに、こんな所まで出てきたら危ないじゃないですか」
「とりあえず、あの車両は止まったんだし、後は回収するだけだろう?
別に危険なことなんて何もない。
・・・と思ったんだけど」
虎徹は怪訝な表情になった。
「何か変な音、しねえか・・・?」
「・・・え?」
バーナビーも気付いて、天を見上げた。
ビルの骨組みがかしいでいる。
と思った瞬間、雨のようにコンクリート片が降り注いできた。
建設中のビルがゆっくりと傾いていく。
断末魔の悲鳴のように、鉄くずやコンクリートを撒き散らしながら。
近くのオフィスビルから、ガラスの割れる音がした。悲鳴が聞こえる。
ビルの足元にいた作業員たちは、蜘蛛の子のように逃げ惑う。
すぐ近くにいたはずの虎徹の姿が、雨のように降り注ぐ鉄骨の欠片やコンクリート片でかき消された。
「虎徹さん!」
もうもうと立ち込める砂煙の中、バーナビーは相棒の姿を探した。
「あーいってー」
声の聞こえた方に走る。
よく目を凝らすと、長い鉄骨数本の間に挟まれて、動けなくなっている虎徹が見えた。
「虎徹さん!大丈夫ですか!?」
駆け寄って、無事を確かめる。
「おれは大丈夫だから。なんか、これで安定しちゃってるみたいだし」
妙な形に組み合わさって微動だにしない鉄骨を指して、虎徹は苦笑いをしている。
「逃げ遅れた人がまだいるだろう?お前は行け。人命救助を優先しろ」
「嫌です」
彼は虎徹を助け出そうと、ガレキを掘り出しにかかった。
「バニー、おれは大丈夫だから、行けって」
「嫌です」
「バニー!」
「嫌です」
「・・・あのなあ、バニー。おれたちのNEXT能力は、人助けのためにあるんだぞ」
「この力は僕のもの。どうして僕の使いたいように使ってはいけないんです」
バニーは虎徹を睨み返す。
「僕にとって命の重みは違う。
見ず知らずの何万人もの命より、あなた一人の命の方が重いんだ。
あなたの代わりは誰にもできない」
「わお、それって愛の告白かあ?照れるなあ」
「茶化さないでください。人が本気で心配しているのに・・・!」
「いやあ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえの。
お前にそんなことを言われる日が来るとはなあ・・・感動したよ」
「・・・あなただって、娘さんの命がかかっていたら、娘さんの方を助けるでしょう?」
「そんなんは天秤にかけるようなもんじゃねえよ」
虎徹は言った。
「街の平和も家族の幸せも全て守る、それがヒーローってもんだ」
「それができたら苦労はしない。全部なんて抱えられないから、選ばなければならないんじゃないですか」
「できるさ。おれはそう信じてる。信じなくちゃ何もはじまらない」
虎徹はにっと笑って、若者の金色の髪に手を置いた。
「バニー、お前ならできるさ。
お前はもう小さな子供じゃない。
今のお前なら、街の平和も、お前にとって大事なものも、全てその手で守れるさ。
だから行ってこい。
おれは、ここでお前を待っているから」
バーナビーは俯いていたが、
「・・・あなたには、かなわないな」
「よし」
虎徹はぐりぐりと若者の頭を撫でる。
虎徹の相棒はやがて、その手をやんわり振り払って、顔を上げた。
いつもの生意気なルーキーの顔だ。
「どさくさに紛れて、髪の毛めちゃくちゃにするの止めて下さいよ。
僕が活躍するからって、ひがまないでください。
おじさんの嫉妬は見苦しいですよ」
「バレたか」
虎徹が笑うと、バーナビーも微笑んだ。
「行ってこい、ヒーロー」
「必ず戻ってきますから。ここで待っていて下さいね」
ビルが崩れる。
「虎徹さん!!」
バーナビーの目の前で非情にも崩れ落ちるビル。
名前を呼んでも返ってくるのは、風の音だけ。
「虎徹さん・・・」
その場に崩れ落ちるバーナビー。
「フッ、なんて顔してんだ、バニー。せっかくのハンサムが台無しじゃねえか」
響いたその声に、バニーがはっと顔を上げる。
「ヒーローとは不死身なのだ!」
ポーズを取って登場する虎徹。
「フッ、決まった・・・」
ご満悦な表情全開で、相棒を見やる。
「な、バニー?」
感動の再会だ。
さあ駆け寄って来い。抱きとめてやるぜ。
・・・しかし。
虎徹の予想に反して、
バーナビーは彼に背を向けた。
「へ?」
呆気に取られる虎徹の前から、バーナビーはハンドレッドパワー全開で立ち去っていった。
「えええ!?なんで!?ここでハンサムエスケープゥウ!?」
「・・・というわけで、それ以来、バニーに避けられています」
虎徹が深いため息をついた。
ヒーローたちが顔を見合わせる。
いつものトレーニングルームに来てみれば、普段元気な男が意気消沈しているものだから、
何事かと思って集まってきたのだ。
「バーナビーが戻ってきたの分かってて、どうしてすぐに出て行かなかったんだ?」
話を聞いていたロックバイソンが尋ねると、虎徹は答えた。
「いや、おれが死んだと思ったら、バニーの奴がどんな顔するか、見てみたいなーと思って」
「お前な・・・それなら、こないだも似たようなことあったじゃねえか」
「あん時は、痛くて痛くて・・・マジで死にそうだったから、
バニーの様子なんざ見てる余裕はなかったんだよ。
睫毛なげーな、くらいしか分からなくて。
だから、せっかくだから、今度こそ、と思って・・・」
「バーナビーは本気で心配してたんだろ?」
「だーから、悪かったって。反省してます」
「バカね」
ブルーローズがぴしゃりと一言。
「バカだわね」
ファイヤーエンブレムも頷く。
「ああ、バカだ」
ロックバイソンが続き、
「先輩に言うのも失礼ですけど・・・やっぱり、バカですね」
折紙くんまで。
「うるせー!!だから謝ろうと思ってるのに、バニーの奴が人の顔見るとすぐにいなくなるから・・・」
「まあまあ、ワイルドくんがバカなことは、みんなも最初から分かっていることじゃないか」
「スカイハイ、お前、さりげなく一番ひどいこと言ってるよな・・・」
「・・・別に謝罪の必要などありませんよ」
その場に響いた声に、虎徹がぎょっとする。
そこに立っていたのは、つんと澄ましかえった表情の若い男。
「あなたが無事で何よりです。じゃ、そういうことで」
それだけ言い残して去っていく。
「おい、ちょっと待てよ、バニー!」
慌てて追いかける虎徹。
ヒーローたちは呆気に取られたものの、
「・・・やれやれ。おバカコンビはほっといて、トレーニングに戻りましょ」
「だな」
毎度のことで慣れたものだ。
それぞれが自分のメニューをこなすべく、立ち上がった。
「うちまで追いかけてきて、何のつもりです。帰ってください」
「バニー、怒るなよ。本当に悪かったって」
「怒ってなんかいません」
「その態度が怒ってるだろうがよ・・・」
「帰ってください」
自分だけ入って、すぐさまドアを閉めようとするバーナビーに、
「中に入れてくれないと、大声で騒ぐぞ」
彼の暮らす高級マンションのドアの前で、虎徹がふんぞり返った。
「・・・」
虎徹の相棒は軽蔑の眼差しを寄こしてきたが、見栄っ張りの彼が近所の注目を集めるような事態を選択するはずがないのだ。
部屋に入って、ドアを閉めるなり、バーナビーは虎徹を振りかえった。
「楽しかったですか?」
「え?」
「自分が死んだとき、他人がどういう反応するか確かめられて、おもしろかったですか?
ああ楽しかったでしょうね。自分の仕掛けたイタズラにまんまと嵌った他人のバカな姿を見られて、
さぞ愉快だったことでしょうね」
「バニー、そんなつもりは・・・」
「あなたは最低な人だ。
人の気持ちを何だと思っているんだ。
僕が何とも思わないとでも思っているんですか!
傷つかないとでも思っているんですか!
自分はずかずかと他人の懐に入り込んできておいて、他人には入らせない・・・
肝心なことは言ってくれない。
あの時だってそうだ。
ヒーローを辞めると言い出したときも、ちゃんと訳を話してくれなかった・・・」
バーナビーの目の色が変わってきた。
自分の家の中ということで、気が緩んだのだろう、今まで押し隠してきた感情があふれだしたようだ。
「バニー・・・」
「あの時・・・
どうしてヒーローを辞めるなんて言い出したのか、その理由をちゃんと話してくれたら・・・
あなたがちゃんと話してくれていたら・・・あの後、あんなことにはならなかった。
真実なんて知らずに済んだ・・・!
今までの自分の人生が、他人に操られて作られてきたものだなんて、知らずに済んだのに・・・!!」
「・・・本気でそう思っているのか?」
バーナビーに問いかけてくる虎徹の目は静かだった。
八つ当たりなのは、バーナビー自身が分かっていた。
たまたま、あの時の二人のすれ違いが、真実にたどり着くための転機となっただけだ。
虎徹は何も悪くない。彼に何の非もない。とんだ言いがかりだ。
そもそも、真実が闇に葬られたままだったなら、両親を殺した真犯人も、ジェイクと誤解したままだったはず。
両親の死の真相を知ることもできなかった。
矛盾している。
自分でも分かっている。
「・・・殴りたいなら、殴っていいですよ。あの時のように。
もっとも、もう二度と喰らいませんけどね」
それでも、爆発した感情を向けられる場所といえば、一つしかないのだ、バーナビーにとっては。
いっそ、呆れられて愛想をつかされたらいい。
その方が気が楽だ。
昔の、一人ぼっちの自分に戻れたら、ここまで心を乱されることはない。
少なくとも、八つ当たりの自己嫌悪で苦しむことはないはずだ。こんな風に。
挑むように向けられたエメラルドグリーンの瞳の前で、虎徹は笑みを返した。
「いいや、お前が本気でそう思っているのなら、おれとしちゃ安心なんだけどな」
「・・・は?」
「都合の悪いことは全部他人のせいにして、やり場のない感情から目をそらし誤魔化す・・・
そんなずるくて器用なマネができるお前なら、おれもこんな心配しないで済むんだけどな」
虎徹はぐいと身を乗り出して、年下の相棒の顔を覗きこんだ。
「さっき・・・お前があのビルの屋上から落ちた時。
このまま落ちたら死ぬかもしれないのに、能力を発動させるつもりがないように見えたのは、おれの気のせいか?」
バーナビーはびくりと体を震わせた。
そこまで見透かされていたなんて。
この男は何も考えてないようで、それでいて人のことを本当によく見ている。
「なあバニー。一人で抱え込むことはないんだ。
あの時みたいに、おれを頼れよ。
なんで、頼ってくれなくなった?」
「・・・」
バーナビーはぎゅっと口唇を噛みしめた。
返答をするつもりはない。
「お、だんまりですか。そーゆー態度は感心せんな」
つづく
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