Bad Morning


隣で、スーカスーカ寝息を立てて眠りこけている男の顔を、ぼんやりと眺める。
なんだかとっても気持ちよさそうに寝てるなあ。
よっぽど疲れたのかなあ。
やっぱり、そういう所がおじさん?
そう思うと、少し笑ってしまう。
あの後、二人で飲みなおして、酔いが回ったのは二人とも同じ。
『僕のこと、愛されることを知らない子供だと言うのなら、それがどんなものか教えてくださいよ・・・』
酔いにまかせてそう言ったのは、バーナビーの方。
そして、実際行動に出たのは、この男の方からだ。
――僕が自分に言い訳できるよう、汚れ役を引き受けてくれたのは、この人だ。
いわく、酒のせい。
いわく、ムリヤリに。
望んだのは、求めたのは、僕の方なのに。
そういう所が、かなわない。
そう思うと、少し口惜しい。
ぱちっと音を立てそうな勢いで、隣の男の目が開いた。
目が合うと、
「お、バニー、おはよう」
いつものように挨拶してきた。
「おはようございます」
バーナビーも返事をする。
普段は、職場で交わされる挨拶が、起きぬけのベッドの中で行われている。何だか変な感じだ。
「ええと・・・」
その違和感は虎徹も同じだったようで、次の言葉を探しあぐねているようだ。
この人がどう出てくるのか、バーナビーは興味を持って待つことにした。
しばしの沈黙の後、虎徹は言った。
「昨日はすまなかったな。その、いろいろと・・・おかしなマネをして。 酔っ払いの悪ふざけだと思って忘れてくれ」
神妙な顔で、虎徹は頭を下げてきた。
バーナビーを傷つけたと思っているようだ。
「あなたは忘れてください。僕は忘れませんけど」
バーナビーがそう答えると、虎徹は目を丸くした。
「ええっ!なに、そんなに怒った!?お前の『一生忘れません』リストに載っちゃうほどに!?」
「・・・なんですか、それ。そんなリスト作ってませんよ・・・」
「お前、怒るとすぐ言うじゃん。僕の人生の五分を無駄にしたこと一生忘れません、とか」
「つまらないことばかり覚えてますね、あなたは・・・」
バーナビーは、軽く痛みを覚えたこめかみを押さえた。
「とにかく、僕は怒ってませんから。お気になさらず。あなたは忘れて下さって結構ですよ」
「・・・怒ってないのに、自分は忘れないってどういうことよ?」
虎徹は、全く意味が分からない、という風に、茶色の目をぱちくりしている。
――言わせる気か、それを。
バーナビーは思わず、顔を背けた。
きっと、今、自分の頬は赤くなっているだろうから。
虎徹の方は腕を組んで、うん、と考え込んでいるらしい。
「それってもしかして・・・昨日、すごく気持ちよかったってこと?」
なんで、そういうあけすけなことを言うんだ、この男は!!
「あ、それでかー。お前、声、すげえでかかったもんなー。隣に聞こえないかとヒヤヒヤしたわ。
ま、この高級マンションなら防音はばっちりだろうけど」
「声?」
「最中のよがり声」
「よが・・・」
意味が分かったとたん、恥ずかしさでかっと頭に血が上った。
「そんなこと、その時に言ってくださいよっ!!」
「言ったよ。けど、お前、逆上すると周りの言うことなんて聞こえなくなるじゃん」
恥ずかしい。死んでしまいたい。
バーナビーは毛布の中に頭から潜り込んだ。
そこに、虎徹の驚いたような声が降ってくる。
「お前、自分の声のでかさ、知らなかったの?女とやる時はそうでもねえの?」
「・・・」
「・・・あの、もしかして・・・バニーちゃん、童貞くんでしたか・・・?」
「そんなこと、どうしてあなたに言わなくちゃならないんですかっ!!」
思わず毛布から飛び出して、怒鳴り返した。
「ええっ!マジで!?なんで!?あんなに女にモテるのにっ!?」
虎徹が心底驚いた顔でこちらを見ている。
納得のいく答えを聞けるまで、絶対に諦めないって顔だ。
バーナビーは毛布を抱きかかえたまま、仕方なく口を開いた。
「・・・今まで恋愛なんかしている心の余裕ありませんでしたし・・・」
「余裕とか関係ねえだろ。恋ってのは、するものじゃなくて、落ちるものって言うじゃんか」
「・・・そういう気持ちにならなかったんだから、しょうがないでしょ。
昨日が初めてだったんですよ・・・その・・・そういう気持ちになったの・・・
僕にとっては、人生で初めてのことで・・・
だから、あなたが、僕にとって初めての人なんです!
僕の初めての人で、ご不満ですか!!」
「なんで、逆ギレ!?」
虎徹が怯むと、バーナビーは再び毛布に顔を埋めた。
「・・・ああ、最低だ・・・」
「・・・ええと・・・」
そんなバーナビーを前にして、虎徹が必死に頭を働かせる。
「なんかものすごく分かりづらいけど、それってつまり・・・
バニーは、おれにああいうことされるのは決してイヤなわけではなく、むしろキモチよかったと・・・
そう解釈していいのかな?」
「とっととシャワー浴びて帰ってください!!」
再びバーナビーは毛布から顔を上げ、目の前の男を睨みつけた。
「五秒以内にこの寝室から出て行かないと、能力発動させて、蹴りだしますからね・・・!!」
「え?ちょっと、バニーちゃん、それが愛しい人に言うセリフ?」
「誰が愛しい人ですかっ」
「なに、このツンデレ!!」
「ツンデレとか、意味分からないんですけどっ」
――本当にこのうさぎちゃんは・・・
虎徹が頭を抱えていると、枕が顔面に当たって、ぼふっと言った。
「お前なー、そういう態度取ると、もう二度と可愛がってやらねーぞ」
「こっちこそ、そんなデリカシーのないこと言う人には二度と付き合いません!」
バーナビーはぷい、とそっぽを向いた。
「・・・やれやれ」
まったくもって面倒くさい奴だ。
だけど、こいつがこうだから、放っておけないんだ。
「機嫌直せよ」
隙だらけの年下の相棒に、思いっきり濃い口づけを残す。
向こうが綺麗な瞳をまん丸にしている間に、飛びのいた。
「この・・・!」
再び枕が飛んでくる。
虎徹はそれを避けながら、寝室を飛び出した。

To be continued...

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