初☆体☆験


「逃げないから、もう少しだけ待ってくれ」
取り押さえた男がそう懇願してきたので、バーナビーと虎徹は顔を見合わせた。
たまたま取材の帰り道、逃走中の指名手配犯に遭遇した二人だった。
NEXT能力を発動させるまでもなく、バーナビーが足払いをかけて倒れたところを虎徹が押さえつけ、 犯人はあっさり捕獲された。
逃げるつもりがないのは本当らしい。
しかし、ここを動くつもりもないようだった。
「もうすぐ娘がここを通るんだ。その姿を一目見るだけでいいから。
捕まる前に、娘の姿だけは見ておきたいんだ」
「そのくらいなら――」
案の定、そう言いかける相棒の言葉を遮るべく、バーナビーは口を開いた。
「ダメです」
「バニー、そのくらい、いいだろう? 逃げるつもりはないみたいだし」
何度言っても、人のことを子兎(バニー)ちゃんと呼ぶのをやめない相棒に、バーナビーは冷ややかな視線を向けた。
「何を甘いこと言っているんです。罪を犯したら、相応の罰を受けるのは当然です。
娘さんに会えなくなったのは、自分の行為の結果なのだから、同情の余地はありませんね」
「お前、冷たいこと言うなよ。いいじゃん、遠くからちょっと姿を見るくらい」
「あなたって人は、本当にお人好しですね」
「いやー」
「なに照れてるんです。誉めてませんよ。
あなたの場合、お人好しというのは、思慮が足りないのと同義です」
「思慮が足りないのと同義・・・?」
「つまり、バカってことです」
「なにィ!お前、それが先輩に対する口のきき方か!?」
「本当のことじゃないですか。
犯人の身柄を拘束しておきながら、司法局に引き渡さないなんて、意味が分からない」
「ちょっとくらい待ってやってもいいだろって言ってんの! 誰も引き渡さないとは言ってねえ」
「ああそうですか、それじゃご自由に」
バーナビーは、鼻息の荒くなる一方の相棒に背中を向けた。
これ以上の問答は時間の無駄だ。
「僕は先に行かせてもらいますよ」

娘の姿を確認してほっと安堵した表情の男を、司法局の役人に引渡した虎徹は、
「まあったく、バニーの奴ときたら・・・なんで一時間かそこら待てないのかね」
澄ましかえった表情で去っていく年下の相棒の姿を思い出して、ため息をついた。
端正な造作に、クールなシルバーフレームの眼鏡をかけたその顔は、ことさらに冷たく、 近寄りがたい印象を与える。

あのマーベリックの事件から、一ヶ月。
ようやく自分たちの周辺も落ち着いてきた。
バニーとの仲も、以前の通りだ。・・・表面上は。
バニーの奴が今までと同じに振る舞うから、こっちもそれに合わせる。
おれが右と言えば、あいつは左と言い、やれ古臭いの、甘すぎるだの、上から目線でモノを言ってくる。
それにおれが言い返せば、「これだから、オジサンは」とバカにしきった眼差しをよこす。
いつもの、タイガー&バーナビーだ。
このひと月、バニーとあの事件のことを話すことはなかった。
向こうがそれに触れないのなら、こちらから敢えて口に出すことじゃない。
あの事件は、彼にとって、他人に軽々しく触れられたくないもののはずだ。
バーナビーの両親を殺した真犯人が分かれば、万事解決、めでたしめでたし・・・そうなるはずだったのに。
二十年前の真相は、別の闇を彼にもたらすことになってしまった。
育ての親と慕っていた男が、実は、両親を殺した真犯人だった――なんて。
天涯孤独のバーナビーにとっては、長年、保護者のような存在だったのだ、 思慕の情もあっただろう。
それが、いきなり親の仇と言われて、心が受け入れられるのか。
しかも、四歳の時に、両親が殺された現場で記憶を奪われたうえに、 ヒーローになったのも、あの男の思惑通りだったのかと思えば、憎しみも増すだろうが、いっそ虚しくなってくる。
自分が他の誰かの操り人形に過ぎなかった、なんて・・・残酷すぎる真実だ。
やり場のない悲しみの置き場を見つけられたのか――
残酷な真実とどう折り合いをつけたのか――
それとも、折り合いなんてつけられていないのか。
それは、虎徹には分からない。
ただ、他人が踏み込んでいい場所でないことだけは分かっている。
「・・・辛いなら、苦しいなら、弱音を吐いてくれりゃあいいものを」
以前は、おれを頼ってくれたのに。
あのジェイクの事件の後・・・両親の仇を討てたと信じていた頃の相棒の姿を思い出す。
自分のことを「虎徹さん」と呼んでくるときの眼差しは、どこまでも真っ直ぐで、きらっきらしてて、 眩暈がするほどのまぶしさだった。
それまでがそれまでだっただけに、その落差の激しさには正直びびったもんだが、それも今となっては懐かしい。
あの頃は確かに、彼は虎徹を頼っていたのだ。
今まで生きていく拠り所としてきた記憶が不確かになっていった時、彼がなりふり構わず すがった相手は虎徹だった。
あんな涙まで見せて。
出会ったばかりの頃のあいつからは、想像もできない姿だった。
だが、両親が殺害された事件の真相を知ってから、バニーはまた以前のクールな相棒に戻った。
――いや、戻ったというのとは少し違うかな。
出会った頃のあいつは、自分のことなど見ちゃいなかった。
いや、自分だけじゃない、誰のことも、そのエメラルドグリーンの瞳には映っていなかった。
彼の世界には、彼のほかに誰も存在してなかった。
彼と彼の影である、親の仇の他には誰もいない、孤独な世界。
もともと自分しかいないのだから、他人との共存を考える必要なんてない。
初対面の時から年上の虎徹に傍若無人に振る舞えたのも、いかに他人に無関心だったかってことだ。
ココロを持つモノが、自分以外にこの世に存在するなんて、そんなこと思いもしなかったんだろう。
でも、今は違う。
今のバニーは、おれがその辺の石ころと違って、ココロを持っているのだと知っている。
そして、おれが自分を心配しているのだと知っている。
だから、近づかない。
「・・・遅れてきた反抗期ってヤツか?」
本当に手のかかる うさぎちゃんだよ、まったく。

「はい、これで全員そろったわね!
今夜は思いっきり楽しむわよ〜!!」
ファイヤーエンブレムの声に、「おー!」とヒーロー一同の歓声が上がる。
ただ一人を除いて。
「・・・非常召集というから来てみれば・・・
そういうことなら、僕は帰らせてもらいます」
バーナビーがくるりと踵をかえしたのを見て、慌ててロックバイソンが止める。
「まあ待てよ。お前がいなくちゃ話にならねえ」
「そうよお、ハンサム、あなたのためにみんなで集まったのに。
今夜は、思いっきり食べて飲んで歌って、イヤなことなんてみんな忘れちゃいましょ〜♪」
「嫌なことってなんですか」
「え?それはその・・・」
冷ややかなエメラルドグリーンの瞳に突っ込まれて、ファイヤーエンブレムは言葉を詰まらせた。
「また、おじさんの余計なお節介ですか」
バーナビーが冷たい眼差しを送って寄こすと、その先にいた人物は肩をすくめた。
それを見たファイヤーエンブレムがとりなすように二人の間に割って入る。
「あら、それは誤解よ。これは、みんなの総意なんだから。
あの事件で大変だったハンサムをねぎらってあげようと思って」
「あの事件で被害を受けたのは、ここにいる全員でしょう。
僕だけがねぎらわれる理由が分かりません。
大変さで言えば、一番は、殺人の濡れ衣を着せられた虎徹さんでしょうし」
「ハンサムの言うことももっともね。
じゃ、今夜はワイルドタイガーをねぎらう会ってことで!」
ファイヤーエンブレムはマイクをバーナビーに渡した。
「はい、じゃ、パートナーとして一発目、歌ってちょうだい!」
「は?」
「は?じゃあないわよ。
カラオケに来たんだから、歌わなくっちゃ。
ハンサムのオハコは何?」
「歌なんて知りません」
「あら、とぼけちゃってー!こういうの、得意そうよね。
よし、アタシが適当に入れちゃうわよ〜」
軽快なメロディーが部屋に流れ始めた。

「・・・ほんっとお前は何をやらせてもソツなくこなすよなー。可愛げのない・・・」
歌い終わった年下の相棒に、虎徹が口を尖らせた。
「さんざん帰るとか言ってたくせに・・・ノリノリじゃねえか」
呆れる虎徹に、バーナビーはくいと眼鏡のフレームの位置を直して、
「期待に応えるのはヒーローの務めです。
やるからには、全力でやりますよ。中途半端は嫌いなので」
妙なところで真面目なんだから。
「さっすがハンサム!歌もうまいのねー。学生時代はそれで女の子口説いてたんでしょ。きゃ、ヤラシー」
「そんなことしてません」
バーナビーは真面目な顔で言い返してきた。
「まったまた。隠さなくたっていいわよー」
「本当です。そもそも、カラオケなんて来たの、今日が初めてですし」
「え?」
バーナビーの意外な告白に、一同はびっくり。
「カラオケ来るの初めて?二十歳過ぎてるのに?今時、そんな子いるの?」
「十代のうちにカラオケに行っていないと、何か問題でもあるんですか」
「いや、問題とかそーゆーことじゃなくて・・・ねえ?」
「お前、ヒーローアカデミーに通ってた時分、ファンクラブとかあったんだろ?
みんなで行ったりしなかったのか?」
「そんなことをしている時間があったら、ウロボロスのことを調べてましたよ」
「・・・」
「なんです?みんなして暗い顔して黙り込んで。
もしかして、僕のこと、かわいそうだなんて思ってません?
同情は結構です。
あの頃の僕にとっては、両親を殺した犯人を突き止めることが何より一番大事なことだったのだから。
自分にとって一番大事なことに打ち込めることができて、幸せでしたよ」
その結果がアレか・・・
そう思うと、その場の空気はさらに重くなる。
「ちょっと!なんなんですか。
今日は歌って飲んで楽しく騒いで盛り上がるんじゃなかったんですか?」
銀色のフレームごしに、バーナビーが一同を見渡す。
「そ、そーよねー。じゃ、アタシたちも歌いましょ」
「そ、そうだな」
「リモコンとカラオケリスト、回しますねー」
「あったかい飲み物、頼んでもいい?歌う前には喉を潤したいんだけど、冷やすのはイヤだもの」
「さすが、歌手志望」
「何か一緒に頼みたい人いる?」
「ボク、餃子食べたい!」
「私はノンアルコールドリンクを。この後、パトロールがあるのでね」
「真面目ねえ」
それぞれがそれぞれに好き勝手なことを始めだす。
いつもの光景だ。
それに虎徹は満足して、うんと伸びをすると、ソファに身をゆだねた。


つづく

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