For You


休日とは言え、まだ日も落ちきっていない。
昼間っから飲んだくれているとは、おれもヤキが回ったもんだ。
窓から外を眺めながら、虎徹は自嘲した。
予想外のダメージのでかさに、自分で自分が驚いた。
大事な人を失うってことなら、経験済みだ。
それに比べたら今回なんて、永遠に会えなくなるわけじゃない。
バニーには、今は恨まれるかもしれないが、時間が経てば分かってくれるだろう。
頭ではそう理解しているのに。
この喪失感はなんだろう?
ヒーローという仕事だって、NEXT能力の減退という問題がなくとも、いつかは辞める日が来る。
人との別れだって、そう。
そんなことは分かっていたことだ。
出会いは別れの始まり。
その言葉の意味を理解できるほどには、十分な年数を生きているのに。
ブブブ・・・
携帯電話の呼び出し音がして、虎徹は我に返った。
携帯のディスプレイには「バニーちゃん」と表示が出ている。
ちょっと迷ったが、思い切って出た。
バニーから電話をよこすなんて、珍しいことだ。
「もしもし?」
「今どちらにいらっしゃいます?」
相棒のいつものクールな声が聞こえてきた。
「家だけど」
「よかった。ドア、開けてもらえますか?今、家の前に来ているので」
「へ?」
慌てて玄関に駆け込む。
ドアを開けると、金髪の若者が無表情で立っていた。
「バニー・・・?」
呆気に取られる虎徹を無視して、バーナビーは部屋に入ってきた。
「キッチン、貸してください」
そう言う彼は、高級スーパーのロゴの入った大きな袋を両手から下げていた。
「おい、バニー?」
呼びかける虎徹を振り返ると、バーナビーは無表情のまま言った。
「僕がいいと言うまで、キッチンには入らないで下さい」
「・・・はい」
よく分からない迫力におされて、思わず頷いてしまった。
バーナビーはそのまま台所に姿を消した。
何が何だか全く分からないが、仕方ない。
虎徹はそのままリビングで胡坐をかき、再び飲み始めた。

バーナビーが台所から出てきたのは、日もだいぶ暮れかけてきた頃だった。
灯りもつけずに、窓の外の夕焼けを見ている虎徹のそばまで来ると、 そのまま、視線が合わないよう、背中合わせに腰を下ろした。
「虎徹さんは、どうしてヒーローという仕事を選んだんですか?」
唐突に尋ねてきた。
そう言えば、こいつがおれ自身について質問してきたの、初めてじゃないか?
他人のプライバシーには踏み込まない。
それが、こいつのスタンスだ。
だからと言って、他人のことなどどうでもいい、と思っているわけじゃない。最近分かってきた。
こいつが他人に近づかないのは、他人に、自分の領域に踏み込まれたくないからだ。
そして、下手に踏み込むと、人を傷つけてしまうことを知っているからだ。
賢いこいつは、常にリスクを回避する行動を選択してきた。
なのに、一体、今日はどうしたことだろう?
ちらりと肩越しに振り返ると、夕日で赤く染められた頑なな背中が見えた。
よく鍛えられた逞しいはずの背中が、意地を張った子供みたいに小さく見える。
思わず笑みをこぼしてから、虎徹は再び視線を窓の外の夕焼けに戻した。
「やっぱ、子供の頃、レジェンドに出会ったことが一番のきっかけだろうな」
「レジェンドに?」
「お前はさー、自分にNEXT能力があるってこと、どう思う?」
「どうって・・・僕にとってはあって当たり前のものです。物心ついた時にはこうでしたから」
「そうか。おれは、十歳くらいの頃に能力に目覚めたからさ。
ある日突然だもんな。イヤだったよ。今までは普通に友達と取っ組み合いとかできたのに。
ある時から突然に、今まで当たり前にしてたことができなくなって・・・
友達とも遊べなくなるし。気味悪がられるし。
こんな力なければいいのにって、ずっと思ってた。
でも、レジェンドが教えてくれたんだ。
このNEXT能力は、誰かを守るためにあるんだって。
おれには、大事な人を守れる力があるんだと」
「亡くなった奥さんは、反対しなかったんですか?ヒーローって危険な仕事ですし・・・」
「ああ、友恵はヒーローフリークだったからな。
病院で最後に会った時も言われたよ。
『あなたはいつまでもヒーローでいてね』って」
「もし、奥さんがご健在だったなら、きっと今のあなたを励ましてくれたでしょうね」
「そうだなあ。今まで色々あっても続けてこられたのは、友恵の言葉のおかげかもなあ・・・
おれにとっちゃ、太陽みたいなもんだ」
「太陽・・・」
虎徹からは姿を見ることができない、声でしか存在を確かめられない相棒が呟いた。
「太陽・・・僕もそんな風になれたら良かったのに。
そうしたら、少しはあなたを支えてあげることができるのに。
でも、僕は太陽になんてなれない。
だから・・・せめて夜になりたい。
涙も傷も全てを闇に隠し、痛みを癒せる夜に・・・そんな風になれたらいいのに」
「・・・バニー」
日も落ちてすっかり暗くなった部屋の中、虎徹は振り返り、背中を向けている相棒の顔を覗きこんだ。
「僕、また何か変なこと言ってしまいました?」
若者は困ったように肩をすくめた。
「不快な思いをさせてしまったのなら、ごめんなさい。
こういう時、なんて言っていいのか分からなくて・・・」
「ありがとよ」
虎徹は若者を抱きしめた。
「お前のそういう真っ直ぐなところに、おれは救われているのかもしれねえなあ・・・」
「あの、虎徹さん」
もしかして、泣いてます・・・?
そう言おうとして、バーナビーは止めた。
涙も傷も、この人は決して他人に見られたくないのだろうから。
夜はただ、黙って全てを隠せばいい。
傷を負った野生の虎は、闇の中に身を潜め、その傷が癒えるのを待つ。
時が来れば、再び太陽の下にその姿を現すだろう。
この人は強い人だもの。
一人でじっと痛みに耐えられるほどに強い人だから、大丈夫。
自分を抱きしめる男の背中に、バーナビーはそっと腕を回した。

「・・・なんか、イイ匂いがしてきたな」
虎徹が顔を上げて、鼻をひくつかせた。
「そろそろ時間かな」
バーナビーが言ったとたん、キッチンタイマーのベルが鳴った。
「なに作ってくれたの?」
虎徹が尋ねると、
「見てのお楽しみです」
若者は立ち上がって、キッチンに向かっていった。

「はい、どうぞ」
テーブルに並べられたバーナビーの手料理を見て、虎徹は目を丸くした。
「おー、すげえ!」
「僕の作ったチャーハンを食べてください。
どうですか?」
「すげえ美味いよ」
虎徹の返事を聞いて、バーナビーは笑顔を見せた。
こいつのこういう柔らかな表情を見るのは、すごく久しぶりな気がする。
実際には、ほんの一日二日くらいなのにな。
何だかとてもほっとする。
この料理がすごく凝っていることは分かるけど、でも、この笑顔が最高のご馳走だ。
「ごちそーさまでした!」
虎徹が完食したのを見て、バーナビーは嬉しそうだ。
でも、やっぱり言っておくべきだろう。
「なあ、バニー」
「はい?虎徹さん」
「すっごく美味かったし、お前がすっごく頑張ったのも分かる。
でもな・・・
これ、チャーハンじゃないぜ」
「・・・は?」
虎徹の言葉に、バーナビーが固まった。
「これ、パエリヤってやつだよな」
「ええっ!!だって、チャーハンって、お米に具を混ぜた料理のことじゃないんですか!?」
「そうだけど、これ、まず米が黄色いじゃん。サフランライスとかってやつだよな。
具も、殻つきエビとかムール貝とかすごい豪華な海鮮だし・・・」
「チャーハンの豪華版がこれなんじゃ・・・?」
「これ、具と一緒に米炊いてるだろ?チャーハンってのは、炊いた米と具を炒めるの。
違い、分かる?」
「・・・僕としたことが・・・」
バーナビーはテーブルに肘をつき、頭を抱えて思いっきり落ち込んでいる。
「くっくっくっ」
虎徹が笑っているのに気付き、バーナビーは顔を上げて恨めしげに見つめてきた。
「人の失敗がそんなに可笑しいですか」
「あ、悪イ、そうじゃなくて・・・お前、本当に可愛いな」
「可愛いとか言われたくありません」
「誉めてるんだよ。素直に受け取れ」
「喜べません」
相変わらずむっとしている若者を前に、虎徹はだしぬけに言った。
「やっぱ、ヒーロー辞めるの止めた!」
虎徹の言葉に、バーナビーはきょとんとした。
「こうなったら、能力なくなったって死ぬまでヒーロー続けてやる。
おれからこの仕事取ったら、何も残らねえもん。
笑われようが、バカにされようが、絶対続けてやる。
そう決めた」
虎徹の宣言に、バーナビーは表情を和らげた。
「そうですね。斉藤さんのスーツは性能いいですから、能力なくなっても大丈夫ですよ」
「ちょっとお前、それどういうイミ?
おれの今までの活躍もみんな、スーツの性能がいいからってこと?」
「否定はできないと思いますけど」
「お前な・・・」
虎徹の情けない表情に、バーナビーはくすっと笑みを漏らすと、立ち上がった。
「じゃ、僕は失礼します」
「帰るのか」
「ええ、あなたに僕の作ったチャーハンを食べてもらいたかっただけなので。
・・・結局、チャーハンは作れませんでしたけど・・・」
「いや、すっげえ美味かったよ。ありがとな」
虎徹は子供にするみたいに、バーナビーの金色の頭をぐりぐりと撫でた。
「なあ、バニー。
お前は十分よくやったよ。
もう過去から解放されていい。
これからは、過去のためじゃなく、未来のために生きることを考えろ。
おれは、お前に幸せになってほしいんだ。
おれに出来ることなら何でもするが、でも結局のところ、 お前を幸せにできるのは、お前だけなんだよ」
優しい茶色の瞳に見送られて、バーナビーは虎徹の家を後にした。



つづく



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