虎徹の家を出ると、太陽はすっかり地平線の彼方にその姿を消しており、残光だけが空を青く染めていた。
街灯には灯りがともり、道を行きかう人々はみな家路に向かって足を早めている。
そんな風景の中、彼女に気付いた。
ハイスクールの制服を着た、栗毛色の髪の女の子。
男性向けのファッションブランドの店の前を行ったり来たりしている。
女の子一人で、ハイブランドの店に入るのには躊躇いがあるのだろう。
店の前をうろうろしている姿は、森の中の小さな動物みたいで微笑ましい。
「ボーイフレンドにプレゼントですか?ブルーローズ」
後ろからそう声をかけると、彼女は飛び上がった。
「バッ、バーナビー!?ちょっと、おどかさないでよっ!!」
そこまで驚かなくてもいいだろう。別に、気配を消して近づいたわけじゃなし。
彼女とて、仮にもヒーローなんだから。
そう思ったが、言い返すとややこしいことになりそうだったので、黙っていた。
いつも、虎徹の失敗を隣で見ているおかげで、なんとなく予想できる。
「あんたがいるってことは・・・タイガー!?タイガーもいるの!?」
今度は、忙しくきょろきょろと辺りを見回し始めた。
頬が赤くなっているように見えるのは、店の明かりのせいだろうか。
「いえ、僕一人ですけど」
「・・・なんだ」
彼女は、露骨に落胆の表情を浮かべた。
かと思うと、いきなりバーナビーを睨んできた。
「あんた、こんな所で何してるのよ?」
「何って・・・家に帰るところですが」
「じゃあ、とっとと帰りなさいよ!」
くるくると表情が変わる。せわしない。
展開が早すぎて、追いつくのが大変だ。
「言われなくても帰りますが・・・
女性一人で、この店に入りづらいというのなら、お付き合いしましょうか?」
「結構です!」
ブルーローズこと、今は本来の女子高生姿をしているカリーナは即答した。
「そんなことなら、スカイハイか折紙かロックバイソンに頼むから。
あんたにだけは、ぜーったい借り、作りたくないもの!」
前々から感じていたことだが、どうも自分は彼女に嫌われているようだ。
特に何か、失礼なことをした記憶はないのだが。
でも、このくらいの年頃の女の子って、よく分からない所があるからな。
自分がハイスクールに通っていた頃も、そうだった。
ろくに話したこともないクラスメートから「好き」と言われたり。
そうかと思えば、ひどい人だとなじられたり。
突然泣き出されたり。
まったくバーナビーには理解不能の生物だった。
もう少し大人になれば、お互い、表面だけの社交辞令でうまくやっていけるのに。
この年頃の女の子って、本当に分からない。
立ち尽くしているバーナビーに、彼女はさらに続けた。
「って言うか、今のあたしはただの高校生なんだから、話しかけないでくれる!?
学校の友達には、ヒーローやってること、内緒にしてるんだから。
バーナビーと一緒のところなんて見られたら、ヘンに思われちゃうわ」
「それは失礼しました」
最後の部分だけは、バーナビーにも納得できたので、頭を下げた。
彼が素直に謝罪してきたのを見て、カリーナは、
「・・・ま、今は一人だからいいけど。今度からは気をつけてよね!」
腕を組んで、ぷいとそっぽを向いた。
言い過ぎたと自分でも思ったみたいだ。
そういう分かりやすい所は微笑ましい。
「でも、珍しいわね。あんたから話しかけてくるなんて」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
必要なことであれば、自分の好悪の情は殺してやるし、必要のないことならばしない。
それが、バーナビーの仕事のやり方だ。
今だって、彼女に気付いても、そのままそ知らぬふりをして通り過ぎることもできたろう。
そうしなかったのは、ただ・・・
「さっきから、あなたがこの店に入りたそうにしているのが見えて、気になったので」
バーナビーの返事を聞いて、カリーナはちょっと驚いた顔をした。
「へーえ。あんたも他人にお節介やいたりするんだ。
コンビって似てくるの?」
「虎徹さんと一緒にしないでください。
それなら、率直なあなたの方がよっぽど虎徹さんに似てますよ」
咄嗟に言ってしまってから、バーナビーはまずいと口をつぐんだ。
こんなこと言ったら、きっと彼女は怒るだろう。
どうフォローしようかと頭を働かせていたが、
「え?やだ、タイガーに似てる?やだ、やだ、そんなことないわよ・・・」
口では嫌だ嫌だと言いながら、その顔はちっとも怒ってない。
むしろ――
――なぜ、嬉しそうなんだろう?
あんなおじさんと共通点があることを喜ぶ意味が分からない。
やっぱり、この年頃の女の子って理解不能だ。
再び立ち尽くすバーナビーの耳に、ノリのいいポップソングのメロディーが聞こえてきた。
「やっばーい、もうこんな時間!」
カリーナが携帯電話を取り出して、声を上げた。
「デートですか?」
「仕事よ!
今度、ヒーローTVのイベントあるでしょ?
そこで新曲発表するから、今、特訓中なのよ。
・・・そう言えば、バーナビーでディナーショーやるって、アニエスさんが息巻いてたけど。
ちゃんと練習してる?」
「・・・アニエスさん、そんな企画たくらんでたんですか・・・」
「まだ本決まりじゃないんだ。
でも、アニエスさん、やり手だから、あの人がやるって言ったら決定したも同然でしょ」
「いくら何でも、本人の同意がなければ無理でしょう」
「あんた、引き受けるつもりないの?」
だって、僕はヒーローを辞めるんです。
さすがにそう返答するわけにはいかないので、話題を変えた。
「こんな時間から、練習ですか?」
「昼間は学校があるから、しょうがないじゃない、夜やるしか」
「大変ですね」
「歌手になるのは、あたしの夢だから。
そして、ヒーローとして、この街の人たちを元気づけるのもね!
そりゃあ、テストの準備だとか、友達とも遊びたいし、大変なこともあるけど・・・
あたしはこの仕事、大好きだもの」
まっすぐな瞳でそう言えるあなたが羨ましい。
「バーナビー、あんただってそうでしょう?」
「え?」
「あんたになんか、負けないんだからねっ!」
は?何が?
「ちょっとくらいカラオケ上手いからって、調子に乗らないでよね!
たくさんのお客さんの前で歌うライブは、自己満足のカラオケとは違うんだから。
ステージ、ナメないでよっ!」
「・・・もし、本当にやることになったら、ご指導のほどよろしくお願いしますね、先輩」
自分の仕事が大好きで、誇りを持っている少女の姿が微笑ましくて、
思わず笑みがこぼれた。
「・・・やっぱり、今日のあんた、どっかヘン」
少女は眉間にしわを寄せて、バーナビーの顔を覗きこんできた。
「タイガーと何かあったの・・・?」
この年頃の女の子って、本当に分からない。
どうして、こんなに鋭いんだろう。
バーナビーが絶句していると、再び携帯の着信メロディーが鳴り出した。
「やばっ、行かなくちゃ!」
ぴょこん、とカリーナは飛び上がるなり、駆け出した。
バーナビーが呆気に取られていると、少女がふいに振り返った。
「相棒だからって、あんたになんか、負けないんだからねっ!!」
・・・何が?
やっぱり、この年頃の女の子って分からない。
つづく
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