今年もクリスマスがやってくる。
テレビのニュース番組を見ていると、セントラル地区に建てられたクリスマスツリーの話題になった。
この街の恒例行事だ。
ジングルベルのメロディーが部屋に流れる。
バーナビーはテレビのスイッチを消した。
そのまま、ごろんとベッドに寝転がる。
耳にはまだ、ジングルベルの陽気なメロディーが残っている。
毛布を抱え込み、目を閉じる。
クリスマスソングを聞いて脳裏によみがえるのは、その陽気なメロディーとは裏腹に陰惨な光景だ。
部屋を包む真っ赤な炎。動かなくなった両親。
拳銃を握った男がゆっくりとこちらを向く。
その顔はよく知った男のものだった。
状況が理解できない。
無理もない。あの時、僕は四歳のこどもだったのだ。
それでも、何か恐ろしいことが起こっているのだけは本能的に察知していた。
逃げなければ。
そう思うのに、体が動かない。
男の全身が青白く発光し始める。青く輝いた両目が向けられる。こちらに伸ばされる手。
僕はすべてを見ていた。
その男の顔を、その手に握られた拳銃を、倒れたまま動かなくなった両親を、はっきりと見ていた。
それなのに。
どうして、二十年もかかってしまったのだろう。
あの日から、両親の仇を討つためだけに生きてきたのに。
両親を殺した男は、いつも僕のすぐそばにいたのに。
いくら、あの男に記憶を改ざんするNEXT能力があったからといって、 完全に記憶を消し去ることはできないのだ。
それが証拠に、今はこうして全てを思い出せる。
どうしてもっと早く思い出すことができなかったのだろう。
どうして。
もっと早く思い出すことができれば、サマンサおばさんは死なずに済んだかもしれない。
もっと早く両親の無念を晴らすことができたはずなのに。
ごめんなさい。
父さん、母さん、おばさん、ごめんなさい・・・



Joy to The World


さあて、今日の夕飯はどうしようかな?
さすがに毎度毎度チャーハンでは、あんまりにも芸がなさすぎるというものだ。
かと言って、虎徹に料理のレパートリーはほとんどない。
酒のつまみに毛の生えた程度のものがせいぜいだ。
自分ひとりのことならば、こんなことで悩んだりはしないが、 今夜は年下の相棒が泊まりに来る。
あんな冴えない顔を見せられて、放っておけるはずがない。
よく眠れないなら、環境を変えてみればいい。うちに泊まりに来い。
強引に誘うと、年下の相棒は「はあ」とあいまいに頷いた。
何度断わられても、お前が首を縦に振るまで絶対に諦めねーからな!という気迫の勝利だ。
あの若者に対しては、そのくらい強引でちょうどいい。
そうじゃないと、何でも一人で抱え込んでしまう。
他人に助けを求めるという発想がないんだから。あいつには。
隣で見ていて、それが歯がゆい。
誰かと一緒にメシ食って酒飲んで、そうするだけでも、気分は変わるものだ。
両親を殺した真犯人が分かってからは、過去の悪夢にうなされることはなくなったと聞いていたのに――
実際、最近はすっかり落ち着いたように見えたのに、今になって一体どうしたことだろう?
それでも、落ち込んだ時には、うまいもん食って、うまい酒飲んで、熱い風呂に入って寝る!
元気を取り戻すには、それが一番。
よく人からは単純だと言われるが、虎徹はそう信じている。
しょせん、人間なんて単純なものだろう?
そういう訳で、今夜の晩飯の選定は、重要な問題だ。
どんなものがいいかな?
ジャスティスタワーのトレーニングルームからの帰り道、考えながら歩いていると、 ふわりといい匂いが漂ってきた。
食欲を刺激される、おいしい匂い。 くんくんと鼻をひくつかせ、まるで犬みたいにその匂いをたどって路地裏に入る。
毎日通っていた道なのに、こんな奥まで細い道が続いていたなんて知らなかった。
そのうち、古びた看板が見えてきた。
『家庭風 惣菜料理』と書かれている。
覗くと、小さなデリカテッセンだった。
ショーケースに並べられているのは、ハンバーグだとかロールキャベツだとか、 誰もが慣れ親しんでいる料理の数々。とりたてて珍しいものもない。
――そうそう、バニーの奴は、こういうのが好きだったよな。
どこかの家の食卓に並んでいそうな、ごく平凡な家庭の味。
両親は資産家で、 その両親が亡くなったあと後見人となったのも、この街の巨大企業のCEOになるほどの人物だっただけあって、 バーナビーの舌は肥えている。
上質なものとそうでないものを即座に見抜いてしまう。
どんな安物でも、マヨネーズをかけてしまえば美味しくいただけてしまう虎徹なんかとは全然違う。
高級食材なんて飽きるほど食べて育ってきたってことなんだろう。
でも、そんな彼が好むのは、どうということはない平凡な家庭料理なのだ。
虎徹の作ったチャーハンを喜ぶのも、つまりはそういうこと。
誰かの手のぬくもりを感じられるものを、彼は切に求めている。
今までの彼の人生がどんなものだったのか、分かると言うものだ。
虎徹は、店の主人が一日かけて煮込んだというビーフストロガノフを二人前買って、店を出た。
以前、何かのインタビューで、バーナビーが好きな食べ物として挙げていたはずだ。
――うん、おれ、グッジョプ!
虎徹は上機嫌で交差点に差しかかった。
青信号は、ちょうど点滅を始めたところだ。
そのまま走ってしまえば、赤信号に変わるまでに十分渡り終えられる。
だが、青信号が点滅し始めたとたん、小さな男の子が地面に縫い付けられたように 横断歩道の前で止まったのに気付いてしまった。
この子はきっと両親から、信号が青の時以外は渡ってはダメ!と言われているのだろう。
ちゃんと親の言うことを守っているいい子の前で、ダメな大人の見本になるわけにはいかない。
仮にも自分は、街の治安を守るヒーローなのだし。
もっとも今はアイパッチもしていないので、誰も自分がワイルドタイガーだなんて分からないだろうけど。
虎徹は子供の隣に並んで、点滅していた信号がやがて赤色に変わろうとするのを眺めていたのだが――
「坊主、悪いけど、この袋、ちょっと持ってて」
隣にいた男の子に、今夜のおかずの入った袋を預けた。
男の子は反射的に押し付けられた袋を抱いたものの、
「行っちゃダメだよ、おじちゃん、もうすぐ赤になるよ」
「うん、そうだな。いい子はマネしちゃダメだぞ」
虎徹はハンドレッドパワーを全開にすると、交差点に飛び出した。
信号は既に赤に変わっていたが、路上には杖をついた老婦人が残されている。
足の悪いおばあちゃんには、ここの青信号の時間は短すぎたのだ。

走ってきたトラックの運転手が、老人に気付いてブレーキに足をかけた。
すぐ後ろに車が続いているのは、バックミラーで分かっている。
ここで急ブレーキをかけたら、玉突き事故になるかもしれない。
しかし、止めなければ、確実に人をはねることになる。
躊躇ったのは、ほんの一瞬だった。
だが、その一瞬、躊躇っている間に、事態は劇的に好転した。
運転手の目の前から、老人の姿が煙のように消えたのだ。
目の錯覚?
トラックはノーブレーキで交差点を駆け抜けていった。

「・・・はー、危なかった」
杖をついた老婦人を抱きかかえて交差点を渡りきった虎徹の背後を、車が次々と走っていく。
「おばあちゃん、大丈夫だったか?」
「ええ、ありがとう。おかげさまで、助かりました」
老婦人はにっこりと微笑んだ。品のいいおばあちゃんだ。
見たところ、どこも怪我もないようだし、虎徹はほっと安心した。
だが、上品な老婦人はふいに声をひそめて、虎徹に話しかけてきた。
「・・・あなた、NEXTなのね?こんな人目のある所で能力を見せたりして大丈夫なの?」
ひどく心配そうな顔をしている。
「へ?」
心配しているのは、こっちなんですけど?
彼女に心配される理由が分からない。
「おじちゃーん!」
信号が青に変わって、男の子が駆けてきた。
「すっごいね!カッコよかった!ヒーローみたいだった!」
頬を上気させて興奮している。
いや、みたいじゃなくて、本物なんですけど。
そう心の中ではつっこんだが、そんなことは当然口にできるはずもない。
ヒーローっていうのは、正体を明かさないからこそ、ヒーローなのだ。
ありがとなー、と言いつつ、預けていた今晩のおかずを受け取った。
男の子の方はまだ興奮さめやらぬといった風情で、
「やっぱりNEXTってカッコいいよね!いいなー、僕もNEXTになりたい」
それを聞いたとたん、老婦人は驚いたように目を見開いた。
「まあ、そんなこと、人前で言ってはだめよ。ご両親が悲しむわ」
「なんで?」
男の子はきょとんとする。虎徹も同様だ。
「うちのパパもママもヒーロー大好きだよ。
特にママなんか、バーナビーの大ファンで。 僕にしょっちゅう言うんだ。
将来はバーナビーみたいになってね!って」
――それは、全くオススメしないぞ。
再び、虎徹は心の中でつっこんだが、これまた口にはしなかった。代わりに、
「・・・まあ、あれだ。ちゃんとパパとママの言うこと聞いていい子にしてれば、 君もきっと将来ヒーローになれる!」
虎徹がぐっと拳を突き出すと、男の子は嬉しそうな笑顔になった。
「うん!ワイルドタイガーだって能力一分しかもたないのに、ヒーローやってるんだもんね!
こないだもバーナビーにお姫様だっこされてたけど、ヒーローだもんね!
だったら、僕がなってもおかしくないよね!頑張るよ!」
じゃあね、と手を振って、男の子は元気一杯駆けて行った。
地面にのめりこみそうに深くうなだれた虎徹を後に残して。
「・・・NEXTがヒーロー・・・そう・・・」
老婦人が小さく呟いた。
「私が若かった頃には、NEXTというだけで結婚も就職もできず、肩身のせまい思いをしたものだけど・・・
今はもう、違うのね」
「・・・おばあちゃんもNEXTなのか?」
顔を上げた虎徹がそう尋ねると、老婦人は優雅に微笑んで否定も肯定もしなかった。
「時間というのは不思議なものね・・・
いつの間にか、人の心を変えていく・・・そして、世界を変えてしまうのね。
年を取るのも、悪いことばかりじゃないわね。 こうして世界が変わっていくのを見られるのだから・・・」
「年を取るのも悪くない、か。さすが人生の先輩。いいこと言う!ちょっと元気でた」
「あら、何を落ち込んでいたの?あの男の子と私にとって、今日のあなたはヒーローよ」
「はあ・・・そうですかね」
ワイルドタイガーでもあるところの虎徹としては、フクザツな心境だ。
「助けてくれて、本当にありがとう。大したお礼はできないのだけど・・・」
彼女はバッグから小さなビンを差し出してきた。
「お礼なんていいですよ」
びっくりして虎徹が首を振っても、老婦人は見た目に似合わぬ強引さで虎徹の手にそのビンを握らせた。
それは、凝った細工の施された香水瓶だった。
「香水?高いんじゃ?」
虎徹の言葉に、老婦人は微笑んだ。
「大したものじゃないのよ。
わたし、いろいろなアロマを配合してオリジナルの香りを調合するのが趣味なの。
もし、寝付けないような夜があったら、枕元においてみて。
いい夢が見られるおまじないよ」
「・・・へえ」
彼女の言葉は、俄然、虎徹の関心を引いた。
「そいつはありがたい。
子供の頃、怖い目にあった友達がいてさ。 今でも昔のことを夢に見て、よく眠れなかったりしてるみたいなんだよな。
だから今夜はうちに泊まれって、そいつを呼んでるんだ」
「あなたは友達思いの優しい人ね」
老婦人は優しく微笑んだ。
「あなたみたいな人に使ってもらえてよかった。
同じ香りに包まれて眠れば、きっと同じ夢が見られるわよ。
悪い夢の中に入っていって、さっきわたしを助けてくれたみたいに、 お友達を助けておあげなさいな、ヒーローさん」


つづく



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