Joy to The World


「・・・オジサン、いつまでついてくる気?」
前を行く少年が振り返ってきた。
「夜中に子供を一人にしといちゃ危ないだろー」
虎徹が答えると、少年はふんと鼻先であしらった。
「警察呼ぶよ?」
「警察沙汰になってマズイのは、お前の方じゃねえの?」
図星だったらしく、少年は口をつぐみ、再び前を向いて歩き出した。
虎徹は黙ってついていく。
歩いている少年の後ろ姿は、大きさが少し違うだけで、見慣れた背中と全く同じだ。
すっと伸びた背中には緊張感がみなぎっている。
ハリネズミが全身の針をツンツンに逆立てているみたいにかたくなで、
――やっぱバニーだよなあ・・・
と虎徹は唸った。
しばらく歩いていると、
「・・・着いたから」
少年はむすっとした表情で、虎徹を振り返った。
街灯に照らし出されているのは、古めかしい建物だった。
重々しい鉄門扉のすぐ横に、鈍く金色に光るプレートがある。
虎徹でも知っている、有名なお坊ちゃま学校の名前が刻まれていた。
「学生寮か」
虎徹は顎鬚を撫でた。
「寮を抜け出して、夜の街に・・・バニー、意外と悪ガキだったんだなー」
「・・・今はクリスマス休暇で、学校は休みだ。
先生も生徒たちも管理人もみんな、里帰りして誰もいない。
何をしようと、僕の自由だろ。誰かに迷惑かけてるわけじゃない」
ツンと澄ました顔で言い返す。
その姿は、初めて出会った頃とそっくりだ。
ツンツンしているのは、本心を隠すため。
鋭く尖った針の下は、あったくて柔らかでまるで無防備なのだ。
今の虎徹はそれを知っている。
「お前はここに一人で残ってるのか?家に帰らねえの?」
「帰るところなんてないもの」
淡々とした表情で、バーナビー少年は答えた。
「ふうん・・・この大きな寮にお前一人か。
だったら、おれが入るスペースは十分あるってことだな」
「はあ?」
「子供一人じゃ無用心だ」
「・・・一人でいるリスクより、あなたが僕に危険をもたらすリスクの方が高いと思うけど」
「信用してくれよ。
おれは、お前を助けるために、未来からやってきたヒーローなんだぜっ!!」
「自分のことをヒーローって・・・頭おかしいんですか?オジサン、一体なんなんだ?」
「ヒーローってのは、正体を明かすもんじゃねえだろ?」
「やっぱり、ただの不審人物じゃないか」
「・・・お前なー・・・子供の頃から変わってねえのな、そういうとこ・・・」
虎徹が嘆息している間に、少年のバーナビーは門扉を開けてさっさと中に入っていく。
「おーい、だから待てって言ってんだろ!」
慌ててその後を追いかける。
「ついてくるなよ」
「おれの話を聞けって」
寮の玄関先で二人が押し問答を続けていると、入り口近くにあった電話が鳴った。
「ほら、電話!早く出ろよ」
虎徹に言われて、バーナビー少年はしぶしぶ電話を取った。
しかし、その目は油断なく、虎徹に向けられたままだ。
『バーナビーくん?夜遅くにすまないねえ。寝ていたかい?』
テレビ電話のディスプレイに映し出されたのは、温和な紳士だった。
「いいえ、トーマス先生。 ちょうどこれから部屋に戻ろうと思っていたところでしたので大丈夫ですよ」
少年のバーナビーがにっこりと笑みを返した。
どこから見ても、非の打ち所のない完璧な優等生だ。
外面(そとづら)がいいのは、子供の頃からだったようだ。
『寮の留守番、一人で大丈夫かね?』
「ええ、毎年のことなので慣れています。
こちらのことは気になさらず、先生もゆっくり休暇を楽しんでくださいね」
『ああ良かった。君の顔を見て安心したよ』
少年の担任教師らしい紳士は、すっかりその笑顔に騙されているようだ。 心からほっとした表情を見せた。
『長期休暇中、交代で繁華街の夜回りをしているジェームズ先生からさっき連絡があってね。
君によく似た少年を夜の街で見かけたというものだから・・・
君のことだから、まさかそんなことはないと、人違いだと言ったんだが』
先生の言葉に、少年のかぶった優等生の仮面にかすかにヒビが入った。
でもその気配は、隣にいる虎徹だから感じられたことで、 ディスプレイの向こうまでは届かなかったろう。
バーナビーの外面の完成度の高さは、十代にして既に相当なものと見た。
彼は、少年らしい愛らしい笑顔をますますパワーアップさせた。
「ジェームズ先生は責任感の強い方ですから、金髪の子を見て、 自分の学校の生徒じゃないかと心配になったのでしょう。
僕ならずっとこの寮にいましたよ」
『そうだよねえ。 ただ、さっき、何度か電話をした時には通じなかったものだから、私も気になってしまって・・・』
「それは・・・」
さすがの仮面優等生も一瞬言いよどんだ時だった。
「すみません、先生、それはおれのせいです」
隣からいきなり発せられた言葉に、少年は緑の目を丸くしてこちらを見ている。
虎徹は構わず話し続けた。
「この寮の前を通りかかった時に、財布をすられていたことに気付きまして。
電車賃すらない状態じゃ家にも帰れず、どうしようかと途方にくれていたら、 寮の門を閉めに来たこの少年が声をかけてくれましてね。
この寒さじゃ外で過ごすこともできないだろうから、 とりあえずこの寮に入って寒さをしのいだら、と。
先生からの電話に出られなかったのは、おれの相手をしていたせいなんです」
『おやまあ、それは災難でしたね』
虎徹の話を聞いて、先生は同情に満ちた表情を浮かべている。
人のよさそうな先生を騙すのは、少々胸が痛むがここはぐっと我慢だ。
「この少年のおかげで助かりました。この子が声をかけてくれなかったら、凍死するところでしたよ」
『そうでしょう、そうでしょう。 このバーナビーくんは、困っている人を見捨ててはおけない、正義感にあふれた優しい少年なんですよ』
先生はニコニコして、さかんに頷いている。
正義感にあふれた優しい子という言葉には、虎徹も全くもって同感だ。
でもこの子ウサギちゃんは、こっそり寮を抜け出して、夜の繁華街を一人でうろつくような、 向こう見ずのやんちゃ坊主でもあるんですよ、先生。
虎徹は心の中でそっと呟いたが、当然、そんなこと、人のよい先生には伝わらない。
『夜の遅い時間にすまなかったね、バーナビーくん。
そのお気の毒な方には、寮の管理人室にでも休んでいただいて。
それでは、おやすみ』
「はい、先生。おやすみなさい」
ぷつん、と通話が切れて、ディスプレイが暗くなる。
「いい先生じゃねえか。心配かけちゃダメだろー」
虎徹が話しかけると、 今までの愛らしい笑顔から一変、露骨に苦々しい表情を向けてきた。
「一体なんのつもり?」
「何が?」
「今のウソだよ。どうして僕をかばったりしたのさ?」
「バレたら困るんだろ」
「・・・」
「けどまあ、これに懲りて、夜中に寮を抜け出したりなんかするなよ」
「今度はバレないようにうまくやるよ」
「・・・そーじゃねえだろ・・・」
虎徹は再びため息をついた。
「お前ね、自分がどんな危ないことしてるのか分かってる?」
「自分の身くらい自分で守れる。オジサンに偉そうに言われる筋合いはないよ」
僕の右ストレートをまともに喰らっといて。
緑の目がそう言っている。
だから、虎徹はたしなめた。
「大人はね、お前が思ってるよりずっとずる賢い生き物なんだぞ。
ナメてると痛い目にあうぜ?」
「僕がそんなミスするはずない」
「お前な・・・」
「オジサンこそ一体何が目的なんだ?
言っとくけど、この寮に金目のものなんてないよ?
それとも、僕に何かするつもり?」
「はあ?」
「夜の街を歩いてると、一晩のうちにおっさんに何度も声かけられるんだよね。
『一晩いくらだ?』って。
ま、そんなくだらないこと言ってくる奴はひと蹴りで黙らせるけど。
本当に変態って多いんだよね」
「ちょ、お前、何やってんの!!
ダメ!本当にもう二度と夜中に脱走したりしたらダメだから!!」
「うるさいな。オジサンに関係ないだろ。
もう、僕、自分の部屋に戻るから。
そんなにここに泊まりたいなら、好きにしていいよ」
「お前、そんなこと言って、スキ見てまた外に出ようと思ってるだろ」
「・・・そんなことないよ」
「お前もここで寝ろ。そこのベッドで。
おれはこっちのソファ借りるから」
「はあ?・・・オジサン、本当に変態?」
「ちげえよ!おれはお前のことを心配してるの!
今までの態度で分からない?」
わめく虎徹に、少年は相変わらず汚物でも見るような目を向けている。
その頑なな態度に、虎徹は今夜何度目になるか分からないため息をついた。
こいつが子供の頃からめったなことじゃ人に懐かないウサギちゃんだったってことがよく分かった。
「とにかく!お前が二度と夜中に寮を抜け出して危ない場所に行ったりしないって 約束するまで、おれは帰らねえからな!」
と宣言した。
「別に、おれがいたっていいだろ?
自分の身は自分で守れるって言ってたもんな?
それともなに?やっぱり、怖いの?」
こう言っとけば、負けず嫌いのウサギちゃんがこの部屋から出て行ったりするはずないのだ。

「おー、クリスマスツリー!綺麗だなー」
虎徹はベッドに身を横たえながら、窓から見える景色に歓声を上げた。
寮の庭に立っている大きなもみの木には、色とりどりのボールの形をしたオーナメントが飾られ、 街灯の光を受けてきらきらと反射している。
「そうだ!お前、靴下は?ちゃんと枕元においてるか?プレゼントもらえねーぞ」
「・・・僕、もう高校生なんだけど?サンタとか信じてるわけないだろ」
部屋の対角線上・・・最も遠い位置にあるソファに寝ている少年から、 冷ややかな返事が返って来た。
虎徹がそちらに顔を向けると、少年のつんと澄ました横顔が見える。
「あのなー、サンタがいるとかいないとか、そんなことはどうでもいいの。
クリスマスと言えば、やっぱプレゼントだろうが。
お前の学校でもやった?クリスマス会。
うちの娘もさー、こないだ電話したら、プレゼント交換に出すもの、 何にしようかってすっげー悩んでてさ。
なつかしーよなー。おれの子供の頃とちっとも変わらねえのな。
クリスマスの日には、クラスみんなで劇やったり。
給食も、その日だけはケーキが出たりして。年に一度の楽しみなんだよなー。
で、クライマックスは、プレゼント交換。
基本、手作りのものだから、当たり外れが激しくって。
密かに好きな子のものが当たって有頂天になってる奴もいれば、 自分のが戻ってきちゃうマヌケな奴もいて・・・すっげー盛り上がってさ。
どうだった?お前のクラスは。盛り上がったか?」
「さあ」
「さあって・・・」
「クリスマスパーティーは小等部・中等部・高等部まで合同でやるけど、授業じゃないから。
必ず出席しなきゃならないわけじゃない」
「お前、出なかったの?」
「そんなことをしている暇があったら、ウロボロスのことを調べるよ」
「・・・お前ねー。クリスマスは年に一度しかない特別な日だろー?
ケーキもプレゼントも綺麗なクリスマスツリーも・・・楽しめよ、もったいない。
大人になったら、はしゃいだりできねーんだから。 子供のうちだけなんだぞ?」
「僕は早く大人になりたい」
少年は天井を見つめながら、静かな声で答えた。
「両親が亡くなったあの日からずっと思ってた。早く大人になりたいって。
子供にできることなんて、限られている。
大人になれば、毎日学校に縛りつけられずに済むし、 寮の門限なんてないし、どこにだって自由に行ける。
ウロボロスのことを調べる手段もずっと増えるのに・・・!」
そんな彼の横顔を見つめて、虎徹はそっと呟いた。
「・・・お前がなくしたものは、両親だけじゃないんだな」

会話が途切れた後、何度も寝返りをうっている少年に、
「眠れないなら、子守唄でも歌ってやろうか」
虎徹が話しかけると、
「余計に眠れなくなる」
眉間に皺を寄せて少年は答えてきたが、無視して、思いつくままに鼻歌を歌っていると、 そのうち、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「バニー?」
と声をかけても反応がない。
少年はようやく眠りについたようだ。
今の彼にとって、虎徹は見知らぬ人間だが、警戒すべき悪人とは思っていないようだった。
自分に害を成すものだと判断すれば、彼は断固として虎徹を近づけなかっただろう。
そうしなかったのは――
虎徹はベッドから起きて、ソファに寝ている少年の顔を覗きこんだ。
「うう・・・」
眉間に深い皺を刻み、苦悶の表情を浮かべている。
子供らしくない、大人びた表情。
人の世の苦しみを知るのは、大人になってからで十分なのに。
この子はもう、深い喪失と絶望を知ってしまった。
「・・・両親が殺された時の夢を見ているのか・・・?」
白い額にそっと触れると、心なしか、少年の表情が緩んだように見えた。
「大丈夫。怖い夢はもうすぐ終わる・・・あともう少しの辛抱だ」
大丈夫、と何度も呟きながら、少年の髪を優しくすいてやる。
「・・・パパ・・・ママ・・・」
こわばっていた顔からふと力が抜けて、子供らしいあどけない表情になる。
「おやすみ、バニー」
すべらかな頬にそっとキスをしてやると、閉じられた睫毛から一滴涙がこぼれた。

虎徹がウトウトとまどろんでいた隙に、バーナビーはいなくなっていた。
「まったく油断も隙もねえな・・・」
首に縄つけて柱にでも縛りつけておかないとダメか?
あの野うさぎは。
どこ行った?
虎徹が寮を出て、ダウンタウンをきょろきょろしながら歩いていると、何だか遠くの方が騒がしい。
ケンカだ、警察呼べ、という声が聞こえてくる。
野次馬をかきわけて、前に進んでいくと、足元に人間が降ってきた。
鼻骨が折れているらしく、顔面は血まみれだ。
それでも、首筋に入ったタトゥーははっきりと見えた。
ウロボロス。
虎徹の前では、青白い光に全身を包まれた少年が男を殴っていた。
男の方にはもはや抵抗する力も残ってないらしい。一方的に殴られるまま。サンドバッグ状態だ。
「やめろ、バニー!」
虎徹が飛び込んで、少年の腕を掴んだ。
「はなせよ。こいつはウロボロス・・・僕の両親を殺した奴の仲間なんだから」
「だからって、やりすぎだ。このままじゃ死んじまう」
「だって、こいつ、何も話さないんだ。僕の両親を殺した奴のこと・・・
手の甲にウロボロスのタトゥーをしてる奴のことを。
仲間なんだから、知ってるはずだろ?
隠してるんだよ・・・」
「そのタトゥーを入れてたって、お前の両親を殺した奴を知ってるとは限らないだろ?」
「だって、仲間だ」
会話が噛みあわない。
虎徹はたまらず叫んだ。
「お前は、ウロボロスのタトゥーを入れてる奴を片っ端から殺す気か!?」
すると、バーナビーはいつもと変わらぬ表情で答えた。
「ああ、そうだ。僕は人殺しになるんだ。
心から殺したいと思う奴がいるからね・・・!!」
その目は狂気に染められていた。
虎徹の知っているバーナビーも、逆上すると目の色が変わったものだった。
それでも、虎徹の知っている彼は、この少年より年を重ねた分、大人だったのだ。
ここまで自分の内面をむきだしにしたりはしなかった。
今、目の前にいる少年は、人間じゃない。
狂おしいほどの悲しみと怒りの塊だ。それが人間の姿をしているだけの。
彼に言葉なんて、通じない。
説得なんてできっこない。
それはそうだろう。
両親を殺されるという理不尽な目にあわされた子供を 納得させられる理屈なんて、この世にあるはずないのだから。

「今日は何日だ?」
そんな彼に、虎徹は言った。
「は?」
唐突な質問に、少年は虚を突かれたらしい。
虎徹は重ねて問うた。
「クリスマスはいつだ?」
「・・・明日だけど」
根が素直な少年は、反射的に答えてきた。
「両親の命日だろ!墓参りに行くぞ!」
「どうして、それを・・・?」
純粋な驚きで目を丸くしている少年の腕をつかむと、虎徹は、野次馬たちの間を駆け抜けた。


つづく



T&B TOP



HOME




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送