郊外の丘陵地帯に作られた墓苑は、思いのほか広かった。
見渡す限りの墓碑の数に、虎徹はくじけた。
「ええっと・・・お前の両親の墓ってどこ?」
「・・・オジサン、何も考えずに勢いだけで突っ走るのは止めた方がいいよ。
もういい年なんだしさ」
少年が冷めた目を向けてきた。
「お前に言われたくねえよ」
虎徹は即座に言い返した。
「あんなムチャしてたら、犯人見つけるより先に、お前の身がもたねえぞ」
虎徹に連れまわされている間に、少年の頭もだいぶ冷めたようだ。
バーナビーは墓苑にぼんやりとした目を向けた。
「別にいいよ。死ねるんなら、そっちの方がいいかもね」
ヤケクソ気味に呟いた。
「あの世に行けば、父さんと母さんに会えるもの・・・
どうして、僕はこんな所にいるんだろう?
どうして、一人で生き残っているんだろう?
あの時、一緒に殺されていれば、こんな思いしなくてすんだのに」
「そんなことは言うもんじゃない」
虎徹はそっとたしなめた。
「親にとって、子供に先立たれることほど辛いことはない。
お前がこうして生きているだけで、お前の両親の魂は救われているんだよ・・・」
「死んでしまった人間は何も感じないよ」
何の感情もない、ガラス玉のような目で、少年は虎徹を見つめ返した。
見ているこちらが苦しくなるほどに、澄み渡った美しい瞳で。
「死者は悲しまない。無念を訴えることもない。
つらいのは、苦しいのは、僕が生きているから。忘れることができないからだ」
少年は虎徹の顔を見て、ふっと笑った。
「大丈夫だよ。僕、自殺願望があるわけじゃないから。
今のは、そう・・・ただの愚痴ってやつだよ。
時には、何もかも捨てて楽になれたらって思うこともある。
だけど、それは僕の本心じゃない。
僕は死なない。いや、死ねない。犯人を見つけるまでは」
「バニー・・・」
「僕は生きている。
だから、事件は終わらない。
僕は忘れないから。
この悲しみを。怒りを。憎しみを。
心血注いできた研究の成果を見届けることのできなかった両親の無念を。
たとえ世間が忘れ去っても、僕だけは忘れない。
なかったことになんて、させない。
この僕が生きている限り。
それは、生きているからこそ、成せることだから」
その瞳が無感情に見えるのは、その奥に秘められたものの激しさが、
見る者の理解を超えているせいなのかもしれない。
誰とも共有できないのを承知で、それでもそれを抱えたまま生きていくことを選んだのだ、この少年は。
「・・・お前は強い男だな」
虎徹が呟くと、その顔を見た少年は目を丸くした。
「どうして、オジサンが泣くの?」
心底驚いた顔で、こちらを見ている。
「どうして僕なんかのために泣くの?アカの他人の僕のために・・・オジサンには関係ないじゃないか」
「関係あるよ。他人なんかじゃねえよ。お前は将来、おれの相棒になるんだから。
おれには、お前を心配する権利がある」
「意味分からないし・・・汚いなあ。もう、鼻水かみなよ」
少年はしょうがないなあという顔で、ティッシュを虎徹によこしてきた。
鼻をかむ虎徹を、渋い顔で見つめていたが、
「・・・分かったよ。もう、スラムに行ったりしないから」
「約束だぞ」
「うん。犯罪にでも巻き込まれたら、マーベリックさんに迷惑かけることになっちゃうしね」
「マーベリックか・・・」
「マーベリックさんのこと、知ってるの?」
「ああ、まあな・・・
なあ、お前はマーベリック・・・さんのこと、好きか?」
「うん、もちろん感謝してるよ。
マーベリックさんは両親が亡くなった後、僕の後見人になってくれて、
学校に通わせてくれたり、両親の遺産を継げるように色々な手続きをしてくれたりして・・・
両親のいない僕が何の不自由もなく暮らせているのは、マーベリックさんのおかげだもの。
それに・・・マーベリックさんと話をすると、何だか気持ちが楽になるんだ」
「どういうこと?」
「なんて言うか・・・気持ちがぐちゃぐちゃになった時でも、
マーベリックさんと会うと、嫌なことがみんな消えてなくなるみたいな・・・
心が落ち着くんだ」
「ちょ、そりゃお前、記憶を改ざんされてるんだっ!」
「記憶を改ざん?何いってるの?」
少年の表情を見れば分かる。
親代わりのマーベリックのことを信じきっている。
ここで、真実を告げたところで、今の彼には到底受け入れられないだろう。
――お前が真実を受け入れられるようになるためには、時間が必要だったんだ。
二十年という時間が。
だから、今はいいのだ。
今はまだ。
「・・・オジサン・・・?」
ふいに、携帯が鳴った。
「ちょっとごめん」
バーナビー少年が携帯に出る。
「あ、マーベリックさん!」
『どうしたんだい?何度も電話したのに通じなくて・・・』
「ごめんなさい。両親のお墓参りに来ていて」
『ああ、そうだったのかい。一人じゃ寂しいだろう。私も誘ってくれたらよかったのに』
「いえ、一人じゃないので」
『・・・ほう、友達かね?』
「ええ、まあ」
『今夜、夕食を一緒にどうだい?』
「はい、ありがとうございます」
『じゃあ、うちで待っているよ。その友達の話を聞かせておくれ』
「はい」
少年は電話を切った。
「帰らなきゃ」
「マーベリックに会うのか」
「うん」
「そうだな・・・」
きっと今夜、この子の記憶の中からは、自分のことは消されてしまうだろう。
それでもいい。
たとえ記憶が書き換えられようと、大事なものは消えない。
両親を失った悲しみや苦しみを忘れられないように。
心の深い場所にかすかにでも残った感情は、いつしかお前の心と溶け合って、お前自身になるだろう。
だから、虎徹は少年の頭に手を置いて、ゆっくりと告げた。
「お前は必ず、真実にたどり着ける。
真実を受け入れられる時が来る。
だから、大丈夫。
未来で待っているからな・・・」
「オジサン・・・?」
きょとんとしている少年に、「早く帰れ」と促すと、少年は駆け出した。
虎徹が目を覚ますと、最初に飛び込んできたのは、美しいエメラルド色の双眸だった。
「虎徹さん?大丈夫ですか?何だかうなされてたみたいですけど・・・」
大人になったバーナビーが心配そうに覗き込んでいる。
「バニー」
その顔の懐かしさに、思わず抱きついた。
「バニー!お前、一人でよく頑張ってきたな!偉かった!えらかったぞ〜!!」
「はあ?」
「初対面でいきなり『古い』とか言われた時にゃ、なんつー生意気なガキだと思ったけどな!
その後コンビ組むことになっても、生意気で生意気で、本当に何度その首しめたろかと思ったけどな!」
「・・・朝っぱらからケンカ売ってるんですか」
「バニー、お前、えらいっ!えらいぞ〜!よくグレもせず、まっすぐ育ってくれた!
おれは感動したぞ〜」
「ちょっと泣いてるんですか?気持ち悪い・・・ヘンな夢でも見たんです?落ち着いてくださいよ」
バーナビーはティッシュペーパーを虎徹に渡した。
「もう、顔ぐちゃぐちゃですよ。早く拭いて」
「バニ〜!!」
「ひいっ!鼻水つくから、くっつかないでくださいっ」
「おれは、楓とお前なら、鼻水垂らしてても平気だぞっ」
「僕は鼻水なんて垂らしません」
むっとするバーナビーの前で、虎徹は相変わらず感極まったようにおいおい泣いている。
「もう・・・何なんだ、一体・・・」
はあ、とため息をつくバーナビー。
「高校生のお前に会ったよ」
ちーんと鼻をかんで、少しだけさっぱりした顔になった虎徹が言った。
「高校生の僕?」
「優等生のフリして、お前、意外と悪ガキだったんだなあ。バニーのくせに、凶暴だし」
「僕はバニーじゃありません」
「一人で一生懸命がんばってた」
「・・・虎徹さん?」
きょとんとする若者の頬に、虎徹はそっと手を置いた。
「お前が真実を受け入れられるようになるには、長い時間が必要だったんだ。
遅くなんてない。
時が満ちるのに、二十年という時間は必要な長さだったんだ。
お前はそれだけ大きなものを失ったんだから」
「・・・はい」
バーナビーはそっと目を閉じて、頷いた。
「お前は強い奴だな、バニー。あんな辛い思いを抱えて長い間過ごしてきたんだから・・・」
目を開けると、虎徹の方が辛そうな顔をしていた。
バーナビーはそっと微笑んだ。
「僕は、あなたが思っているほど不幸ではないですよ、きっと」
頬に置かれた虎徹の手の上に、自分の手を重ねた。
「自分のために泣いてくれる誰かがいる・・・それって、幸せなことですよね」
エメラルド色の双眸がひたと向けられる。
それを見て、虎徹も微笑んだ。
「お前、ちゃんと墓参り行けよ」
「あなたに言われるまでもありません」
「それもそうだな」
「ええ」
「一人で平気か?」
「どういう意味です?」
「一緒についてってやろうかって・・・
まあ、他人に来られてもイヤだよな。忘れてくれ」
「一緒に来てくれるんですか?」
「いいのかよ?」
「あなたさえ、よければ。
でも、クリスマスですよ?ご実家に帰られるんじゃ?」
「お前も一緒に来いよ」
「え?僕が?虎徹さんのご実家に?」
「そう」
「ご迷惑では・・・」
「人数多い方が賑やかでいいじゃん。楓も喜ぶし」
「でも・・・」
「お前の両親の墓参りをしたら、その後一緒にうちに帰ろう。
今年は、賑やかなクリスマスになるな!」
「・・・はい」
エメラルドグリーンの瞳が優しく細められたのを見て、
虎徹の胸も暖かくなる。
やっぱり、クリスマスは笑顔でなくっちゃ。
特別な日のご馳走をほおばる子供のように。
サンタからのプレゼントを心待ちにする子供のように。
笑顔のないクリスマスはもう終わりだ。
枕元に置かれた靴下には、翌朝にはプレゼントが入ってる。
そう、これからは。
お前が望んでくれるなら、いつまでも・・・
To be continued...
(蛇足)
高校生バニーが優等生の皮をかぶった凶暴な野ウサギだったら可愛い・・・v
と思ったのが、今回の犯行(執筆)の動機です。
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