「慌ただしくってすまなかったなあ」
虎徹は我が家のドアを開け、若者を中に招きいれながら謝った。
結局、二人そろっての休暇は長くは取れず、オリエンタルタウンの実家には一泊しかできなかった。
しかも、向こうでは、虎徹が連れて帰った『珍しいお客様』に大興奮で、
娘の楓がバーナビーにべったりなのは予想の範囲だったが、
母親も「ご飯は足りてる?」とやたらと料理を持ってくるわ、
「酒はどうだ?」と兄貴までバーナビーに構いっぱなしだった。
その歓待ぶりに、
「・・・いつもと違う・・・」
と虎徹がボヤくと、
「当たり前でしょ!」
と家族全員から一喝された。
「ひどい・・・」
母と兄と娘に頭の上がらない虎徹の姿を見て、バーナビーも珍しく声を立てて笑っていた。
バーナビーを囲んだ宴会は夜中まで続き、次の日には一緒に虎徹の亡き妻の墓参りに行ったり、
家の周りを散策したりして、夕方には向こうを発って戻ってきた。
何もない田舎で退屈だろうと思っていたのだが、この若者には何もかもが新鮮だったようで、
好奇心に瞳を輝かせて、楓や母や兄ともずいぶん会話が盛り上がっていたようだ。
「お前も疲れたろー?バニー。すまねえな、うちの家族がやかましくって・・・」
虎徹は冷蔵庫からビールを二缶取り出して、一つを若者に投げてやる。
家族のいる実家はもちろんくつろげるが、
こうして気の置けない相棒と二人きりで過ごすのには、別の気楽さがある。
「とても楽しかったです」
ビールを一口飲んで、バーナビーはうっとりするように目を細めた。
「こんな穏やかな気持ちでクリスマスを過ごせたのは、両親が亡くなって以来初めて・・・
虎徹さんのおかげです」
若者の目の端はうっすら赤く染まっている。
おいおい、もう酔っ払ったのか?
まあ、昨日から飲みっぱなしだったからなー。
と虎徹は思い、改めて、若者の顔を見た。
柔らかな表情をしている。
虎徹は嬉しくなって、ビールを呷った。
「いいや、バニーが今まで頑張ってきたからだよ。
これからは、今までの分まで幸せにならないとな」
「僕は今、じゅうぶん幸せですけど」
もう既に酔いがまわっているらしいバーナビーが、
うっとりした表情をそのままに言ってきたので、虎徹は笑った。
「欲がねえなあ、バニーちゃんは。
こんなオジサンちで、ばあちゃんや子供の相手して、クリスマスを過ごして満足してる場合じゃねえだろー。
来年は、かわいい彼女と二人きりで過ごせよ!
おれは、お前に幸せになってほしーんだよっ!」
だん、と飲み干したビールの空き缶をテーブルに置いて、主張する。
すると、バーナビーは子供みたいに首をかしげた。
「彼女と過ごすのが、幸せなんですか?」
虎徹は、ふふん、と得意げな顔をしてみせた。
「これだから、童貞兎は・・・
お前はまだ本当の恋を知らないから。
本当の恋を知ったら、こんなオジサンとなんかいられない!
女の子とラブラブいちゃいちゃしたい!ってなるんだからさー。
ま、それが幸せってやつよ」
「ラブラブいちゃいちゃって・・・」
バーナビーが眼鏡越しに冷たい視線を寄こしてきたが、虎徹は気にしない。
「素敵な女の子と恋をして。結ばれて。子供ができて・・・
子供はいいぞー。自分の子は無条件に可愛いぞー。
まあ、お前の子供なら、誰が見たって文句なく可愛いだろうけど。
お前も早く結婚しろー幸せになれー」
虎徹は既に二缶目も飲み干した。
「僕は多分、結婚できないと思います」
「はあっ!?なんで!?」
若者の言葉に、三缶目のプルタブに指をかけていた虎徹は素っ頓狂な声を上げてしまった。
ビールあふれますよ、とバーナビーに指摘されて、慌てて白い泡に口を寄せてすする。
「・・・結婚して、子供を作って・・・それは確かに幸せな人生。
誰が見ても分かりやすい」
バーナビーは目を閉じて、そっと微笑んだ。
「きっとあなたが結婚した時には、誰もがあなたたちの幸せを祝福し、
それが永遠に続くようにと祈ったことでしょうね。
でも、虎徹さん、幸せの形は一つじゃないんですよ。
僕にとっての幸せの形は、きっとあなたには理解できない。
誰にも分からないだろう。
僕の愛する人にさえも。
誰も僕の思いを知ることはなく、誰にも祝福されることはない・・・
でも、それでいいんです。
僕の幸せの形は、僕だけが知っていればいいのだから。
他人に理解される必要はない」
「・・・それってどういう意味?」
虎徹が眉根を寄せて聞いてきた。
「好きな人に告白しないってこと?」
「そうですね」
「ずっと片思いのまま?」
「そうなりますね」
「そんなの、せつなすぎるじゃねえか!」
だん、と再び虎徹が空き缶をテーブルに叩きつけて、主張した。
「自分の思いは相手に伝えないと!
失恋なんて恐れるな!
お前は幸せになるべきだ!!」
「僕の失恋で済むならいいんですが。
かえって気を遣われて、相手に迷惑をかけることになってしまうと困るので・・・」
「迷惑?お前に好意を持たれて、迷惑に思う奴なんていねーよ」
「そんなことはありません」
「そんなことあるって!」
「じゃあ、例えば、虎徹さん。
僕に、好きです愛していますと言われたらどうですか?」
「はあっ!?」
「ほら、困るでしょ」
「いやだって、おれだよ?オジサンだよ?ありえねーじゃん」
「だから、僕に好意を寄せられても、困る人もいるってことです」
そういうことです、と笑って肩をすくめたバーナビーは、ビールを飲み干した。
虎徹はその顔を見つめて、腕組みをしていたが、
「・・・おれは、バニーなら困らないぞ」
「適当なこと言わないでください」
「適当じゃねえよ」
「じゃあ、酔ってるんですね」
「酔ってねえ」
「はいはい、酔っ払いはみんなそう言うんです。
もう寝ましょう」
「酔ってねー!」
「・・・じゃあ、僕にキスできますか?
挨拶のキスじゃないですよ?恋人のキスです」
「やってやろうじゃねえか」
――たとえ話だと言っているのに、ムキになること自体、酔っ払っている証拠なのに。
バーナビーはくすっと笑う。
「もういいです。さあ、寝ますよ」
僕だけのシアワセのカタチ。
やっとやっと見つけたんだ。
絶対、絶対、壊したくない。
「よくねーよ!
おれは、お前に幸せになってほしいの!
今までさんざん辛いめにあってきたんだから、これからは幸せになるべき!
じゃなきゃお前、かわいそうすぎるだろう・・・!」
「はいはい、ありがとうございます」
虎徹がわめいても、バーナビーは酔っ払いのたわ言と真面目に聞いていない。
むかし、虎徹の祖先の国の文豪は言ったもんだ。
『かわいそう たあ、惚れたってことよ』
つまりは、そういうことなのだけれどね。
To be continued...
(蛇足)
夏目漱石が「三四郎」でそう書いてるそうです。
新聞のコラムにあった。
その一文からできた話。
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