Somebody loves you


――ああ、帰りたい。
顔には完璧な営業用スマイルを張り付かせたまま、バーナビーは入店以来ずっとそれしか考えていない。
ここは、高級クラブ。
店に一歩入るなり、
「きゃあ、ヒーローのバーナビー!」
「本物はテレビで見るよりハンサムねえ!」
美しい女性たちに囲まれて、引きずられるように席についた。
左右を綺麗どころに囲まれたバーナビーが、その端正な顔に営業用スマイルを浮かべ、
「こちらのお店はいずれ劣らぬ美女ぞろいですね」
と心にもない社交辞令をのたまえば、女の子たちは「きゃあ」と黄色い声を上げ、 たちまちイス取り合戦の火蓋が切って落とされた。
一緒に店に入ったはずなのに、 どいつもこいつも、少しでもバーナビーの近くに座ろうとするものだから、 隣にいたはずの虎徹とは離ればなれになってしまい、 バーナビーの年上の相棒は、すっかり長テーブルのすみっこに追いやられていた。
――客は僕一人じゃないというのに、どうしてここにばかり集まる?
なぜ、虎徹さんを放っておく?
ホステスという職業は、お客を平等にもてなすのが仕事ではないのか?
貴様ら、それでも接待のプロか!
仕事にプロ意識のない人間は嫌いだ。
とはいえ、そんな本音をあからさまにするほど、バーナビーも愚かではない。
相変わらず完璧な営業用スマイルを顔に貼りつかせて黙って座っていれば、
「バーナビーは何をお飲みになる?ワインリストならこちらよ」
「あら、おしぼりが先でしょ」
「そのおしぼりは冷めてるわよ。こちらのを使って」
「いえ、こっちよ」
「このロゼワインなんてどうかしら?」
女のバトルの方が勝手に過熱していく。
今夜、この店に連れてきてくれたアポロンメディアの提携企業のお偉いさんは、そんな場の様子を 生ぬるい目で見ている。
うんうん、今日の接待は成功だ、みたいな。
接待と言えばこのテの店に連れて行けばいい、 という安直な発想しかできないセンスがスマートじゃない。
――全くどいつもこいつも・・・
内心の苛立ちを、差し出されたシャンパングラスにぶつけると、
「まあ、いい飲みっぷり!」
と、すかさずホステスたちがお追従の賛辞を送ってきた。
――ああ、帰りたい。
バーナビーはその美しい笑顔で店のホステスたちを虜にしながら、 心からうんざりしていた。
バーナビーも健全な成人男子である。
女性に騒がれて、悪い気はしない。
自分の容姿の価値は理解しているし、さらに磨きをかけるための努力は怠っていない。
よく誤解されるのだが、別にナルシストってわけじゃない。
全ては、ヒーローTVを見てくれている人々や自分のファンたちの期待に応えるためだ。
日々努力をしているからこそ、自信を持ってヒーローという仕事に取り組めるのである。
だから、女性に騒がれても、それはバーナビーにとって、当然の結果。
太陽が東から上って西に沈むのと同じくらい、当たり前の事象なのであって、 とりたてて 心浮き立つような事態ではない。
おまけに、いくら美女とはいえ、 高級な香水の香りに交じって打算や下心の匂いをプンプンさせた人間にちやほやされたところで、 喜べるはずがない。
それでも、少し前までは、こうした下らない付き合いも苦痛に思うことはなかった。
復讐にすべてを捧げて生きていた頃は、 どんな所から有益な情報が転がりこんでくるか分からないから、 人脈は大事だった。
普段は接することのできない世界の人々と出会えるパーティーなんては、 情報収集のための貴重な時間であって、 「ああ帰りたい」と思いながら時計の秒針が動くのを眺めていたりしたことはなかった。
相手が下心や打算で近づいてくるなら、こちらもまた情報源として利用してやればいい。
以前の自分なら、どんなくだらない付き合いでも、そう割り切ったことだろう。
でも、もう、それはできない。
両親を殺した犯人が分かったからではない。
今でもあの事件のことは分からないことが多く、トゲのように心に刺さったままだ。
ウロボロスのことを調べるのを、諦めたわけではない。
ただ、知ってしまったのだ。
全てを手段にする生き方の空しさを。
そして、そんなことよりずっと心豊かに過ごす方法があることを。
それを教えてくれた人は、長テーブルの端っこで、ボーイからメニューらしきものを受け取っている。
――虎徹さんと二人で家で過ごす方がずっといいのに。
バーナビーはちらっとテーブルの端っこに目を向けた。
バーナビーと虎徹の間には、何人もの人間が座っている。
こんな距離があるのでは、話もできやしない。
恨めし気に見つめていたら、一人の女がやってきて、虎徹の隣に腰を下ろし、 何やら二人で話しだした。
なんだ、あの女。
うらやましい。僕だって、虎徹さんと話したい。
あっちの会話に混ざりたい。
「バーナビーは休日はどうしてるの?」
激しいイス取りバトルの末、バーナビーの隣という好ポジションを獲得したホステスが 甘ったるい声で尋ねてきた。
「そうですね、最近は料理に凝ってまして。食材探しに行ったりしますよ」
非の打ちどころのない笑顔で答えながらも、バーナビーの全神経はテーブルの端っこに向けられている。
「えー、バーナビーがスーパーで買い物とか、想像できないー」
「ふつうに行きますよ」
会話はよどみなく流れていくが、実際のところ上の空だ。
愛想よく無難な言葉を返するのは、長年の経験から、ほとんど条件反射でできるようになっていた。
バーナビーは引き続き、テーブルの隅っこの会話に全神経を集中させた。
二人はなにやら笑顔で会話しているが、さすがにこの距離、 店内の賑やかさでは話の内容までは聞き取れない。
いっそハンドレッドパワーを発動させてやろうか。
バーナビーがそこまで思いつめた時だった。
「それって、コイじゃない!?」
ふいに、甲高い女の声が聞こえてきた。
虎徹の隣に座っていたホステスだ。
コイ?
コイって魚の?
それとも・・・
「もうラブだわね!愛しちゃってるってことだわねー」
すっかり酔っぱらったらしいホステスが、親切にもバーナビーの疑問に答えてくれた。
「愛しちゃってるかー」
これまた酔いが回ってすっかり気分の良くなってる虎徹が答える。
「そうよう!」
「そっかー」
酔っぱらい二人が楽しそうに笑っている。
・・・それって。
まさか。
好きな人ができたってことですか?
虎徹さああん!?

その後、ホステスたちと何を話したのか、バーナビーは全く覚えていない。
完全に上の空だったけれど、別に問題はなかったようだ。
「それでは、そろそろ」
というお偉いさんの言葉に、ようやくバーナビーは我に返った。
今夜の接待はソツなく終了したらしい。我ながら大したものだ。自分に感心する。
ようやく包囲網から解放されたバーナビーは、わき目もふらずに虎徹のもとを目指した。
「いやー、いい店だったなー、バニー?」
バーナビーに気付いた彼が、すこぶる上機嫌な様子で話しかけてくる。
「虎徹さん、今夜はずいぶんとご機嫌ですね?いつも会社の接待嫌がるのに」
「まさか、この街に幻の麦焼酎を置いている店があったとは・・・!
いいもん飲めたわー。店の女の子もいい子だったし。
バニーこそ、楽しかったろ? ここのお店の女の子たちはみんな、美人でグラマーで。
あんな巨乳に囲まれてうらやましかったぜ、バニー?」
「大きりゃいいってもんじゃないでしょう」
最前からあからさまに不機嫌な顔を隠そうとしないバーナビーに、しかし、 いい感じに酔いの回っている虎徹は気付かない。
「あ、バニーちゃんは巨乳は好みじゃなかった?美乳派?
おれはどっちかってーと、でっかい方が好きだなー」
「・・・その女性は、虎徹さん好みの巨乳なんですね」
バーナビーの目が氷のように冷たくなった。
「へ?」
「あなたがそんな人だとは思わなかった!」
「あーごめん、ごめん!お前、このテの話嫌いだった?」
やっと相棒のご機嫌がうるわしくないことに気づいて、虎徹が謝る。
「バニーちゃんは真面目だもんな」
「ええ、そのようですね!僕は今まであなたを誤解していました!」
「え?バニーちゃん?」
「今でも亡くなった奥さんを愛し続けていると思っていたのに!
ふしだらだ!
見損ないました!!」
そう叫ぶなり、ハンドレッドパワーを発動させると、そのままハンサムエスケープしてしまった。
あっと言う間に小さくなっていく相棒の後ろ姿を見て、虎徹は反省した。
「バニーに下世話な話は厳禁、と。
今度、アントニオとネイサンにも伝えとくかー」


つづく




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