Somebody loves you


翌朝。
「おはようございます」
「おはよう、バニー・・・ってお前、どうしたの!?」
出社して、相棒の顔を見た虎徹は驚いた。
バーナビーの目は真っ赤で、まぶたは重たく腫れている。顔色も悪い。
ハンサムが台無しだ。
「はあ・・・朝起きたら、目が腫れていて・・・なんだかクラクラしますし・・・」
「風邪でもひいたか?ほら、医務室行くぞ」
有無を言わさずバーナビーの手を取って、歩き出す。
「あの・・・虎徹さん。昨日は失礼なことを言ってすみませんでした」
「え?ああ、いいよ・・・酔っぱらってたんだろ。 あれだけの綺麗どころに囲まれたら、酒も進むわな」
おれの方こそ悪かった。 下ネタなんて、こいつの最も軽蔑する話題だ。
オッパイの話なんて振ったら、こいつが怒らないはずがない。
「いいえ、本当に僕が悪いんです。虎徹さんの気持ちを考えずにあんなこと・・・
僕はあなたの相棒です。 何でも遠慮せずに言ってください」
バニーってば本当に真面目なんだから。そんな思いつめることねえって。
そこまでして、おじさんの下らない与太話に付き合ってくれなくていいから。
まあ、出会ったばかりの頃のことを思えば、 こんな風に言ってくれるようになったのは嬉しいけど。
でも、せっかく心を許してくれる間柄になれたのなら、もっとふさわしい話題があるだろう。
おれだって、そうまでしてオッパイについて語りたいわけじゃない。
「うんうん、ありがとな。気持ちだけでいいわ。
なんか自分が情けなくなるから、この辺で勘弁して」
「情けないことなんてありません! 虎徹さんは立派です!男手一つで、娘さんを育てて・・・
そんな風に自分を卑下することなんて、ありません!」
バーナビーは相変わらず生真面目な表情で言ってきた。
「堂々と胸を張ってください!
虎徹さんの幸せにつながるのなら、僕、どんなことでも協力しますから!!
だから――」
やけに真剣な顔でそう言ったかと思うと、バーナビーの瞳からぼろぼろっと涙がこぼれだした。
「ええっバニー!?」
驚いて相棒の顔を覗き込む虎徹の前で、涙は後から後からあふれてきて、止まる様子がない。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「なんでだろう?急に涙が・・・ぼくは、だいじょうぶ、れす。すびばせん・・・」
涙声で答えるバーナビを、虎徹は医務室のベッドに寝かしつけた。
「とりあえず、寝ような、バニー。
お前、疲れてるんだよ。少し休め。
ロイズさんには言っとくから」
「はい・・・」
「誰かいねーのかな?ちょっと先生、探してくるわ」
医者を探して虎徹は慌ただしくベッドを後にした。
バーナビーはベッド脇にあったティッシュで涙をぬぐい、小さく息をついた。
――虎徹さんの言う通り、疲れているんだな、きっと。
少し休もう。
ひと眠りして、軽く体を動かせば、いつも通りに戻るだろう。
もぞもぞとベッドの中に入り直し、バーナビーは目を閉じた。


ネイサンがトレーニングルームに入ると、誰もいなかった。
あら、珍しい。いつもなら、誰かしらいるものなのに。
ヒーローたちとおしゃべりできないのはつまらないけど、 仕方ない、一人で始めましょ。
まずは、ベンチプレスから・・・と器械に向かっていくと。
「わあ、びっくりした!いたの、ハンサム」
バーナビーがぼんやりと座り込んでいるのに気付いた。
あまりの存在感の薄さに気配を感じられなかった。
まったく彼らしくもない。
いつもなら、黙っていてもうるさいほど華やかなオーラを醸し出しているのに。
「ああ、ファイヤーエンブレムさん・・・」
と言ったとたん、若者の目から涙の粒がぽろりと転がった。
「ちょっとハンサムどうしたの!?」
「気にしないでください。今朝から調子がおかしいんです。何でもないのに、涙が勝手に出て」
バーナビーは首からかけていたタオルで涙をぬぐう。
「まるで失恋でもしたみたいな顔してるわよ?」
それを見て、ネイサンがからかうような口ぶりで言ってきた。
「もっとも、ハンサムは失恋なんて、知らないかしら?」
「失恋くらい知ってます。したことはありませんけど」
からかうような言葉も、自分を気遣っての彼(女)流の優しさだと分かるから、 バーナビーも少し落ち着いてきて、 どうにか微笑むことができた。
「だって、僕は恋をしてませんから。失恋もできません」
「あら、それはもったいない。人生の楽しさを知らないってことじゃない」
「そんなことはないでしょう。人生を充実させてくれるものは、ほかにもたくさんありますよ?
例えば、やりがいのある仕事とか」
「信頼できる相棒とか?」
「それはどうでしょう。
今も会社で賠償金の件でロイズさんに絞られているみたいですけど」
「タイガーも変わらないわね。
ま、お金は貸せないけど、恋の相談ならいつでものるわよ!遠慮なく言ってね、ハンサム♪」
ウインクしてくるネイサンに、バーナビーは真剣な顔になった。
「本当ですか?」
「もっちろん!っていうか、本当に恋愛相談?」
「僕のことじゃありませんけど。
虎徹さんに好きな人ができたみたいなんです」
「タイガーに!?」
ネイサンはまじまじと目の前のハンサムを見つめた。
「ええっと・・・タイガーの恋の相談をなぜハンサムがしてくるのかしら?」
「僕は虎徹さんの相棒です。
虎徹さんが幸せになることなら、力になりたいんです。
奥さんが亡くなられてから、もう五年も経ちますし・・・
再婚するのもいいと思うんです。
虎徹さんに好きな人ができたなら、うまくいくように協力したくて・・・」
ぼろぼろと涙があふれてきた。
「ちょっと、ハンサム?」
「ああ、すみません、話の途中なのに。
今朝からずっとこうなんです。訳もなく涙が出てきたりして。 本当にどうしちゃったんだろう」
「・・・ええと、ハンサムはタイガーに再婚してほしいの?」
「はい。虎徹さんがその人を愛していて、そう望んでいるのなら」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、バーナビーは頷いた。
その声はすっかり鼻声だ。
「なるほど」
ネイサンは深く頷いた。
「アタシがハンサムにできるアドバイスは一つだけ・・・
とことん、ハンサムの思うようにおやりなさい!」
「でも、虎徹さんが好きなのが誰なのかも分からないし・・・」
「そんなのは、タイガーの行動をよーく観察してれば分かるわよ。
タイガーが誰を好きなのか、なんてことはね。
そうして、それが分かったら、ハンサムの思うように行動すればいいのよ」
「・・・分かりました。
とりあえず、虎徹さんの恋の相手を突き止めることが先決ですね。
目標がはっきりしたら、何だかすっきりしました」
バーナビーは涙をぬぐうと、立ち上がった。
若干、目が腫れぼったいものの、その顔はいつもの自信に満ち溢れたバーナビー・ブルックスJr.だ。
「ありがとうございました、ファイヤーエンブレムさん!
アドバイス通り、やってみます!」
バーナビーは一礼して、トレーニングルームから去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、ネイサンは微笑んだ。
――ま、こんなもんでしょ。
タイガーが四六時中、心配している相手なんて、一人だけ。
いくらハンサムだって気づくわよね?


つづく




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