Somebody loves you


ネイサンのアドバイス通り、バーナビーは虎徹を観察することにした。
会社に戻ると、上司のロイズの説教から解放された虎徹が、 賠償金のことで司法局に行くというので、一緒についていく。
行く先々で虎徹と会話を交わす女性という女性をことごとくガン見していったが、 それらしい女性は一向に見つからない。
「ええっと、バニー?どうした?メガネの度、あってないのか?」
虎徹がきょとんとして、一日中やぶ睨み状態だった相棒に声をかけてきた。
「別にちゃんと見えてますよ」
答えながら、バーナビーはため息をついた。
司法局での用事も済んで、帰宅する時間になっても、 虎徹の恋の相手について何のヒントも得られなかった。
落ち込むバーナビーを体調が悪いのだと勘違いしたらしい虎徹は、いつものようにお節介を焼いてきた。
「なんか今日のお前、おかしいぞ。やっぱ、どっか悪いんじゃねえの?
今からでも、病院行くか?」
「大丈夫ですよ」
「全然大丈夫に思えねーんだけど」
「本当に大丈夫ですから」
はあ、と息をついて、年下の相棒はうんざりしたような顔になった。
「まったく、誰のせいだと思ってるんです・・・」
「へ?」
「昨日の夜、あの店でホステスに話してたこと、覚えてないんですか?」
「昨日の夜・・・?」
虎徹はきょとんとしている。あくまでトボけるつもりだ。
そんな相棒の顔を前に、バーナビーは再びため息をついた。
見ず知らずのホステスに話すくらいなら、どうして相棒の自分に打ち明けてくれないんだろう。
僕のこと、子どもだと思って、侮っているのか。
いい歳して新しい恋だなんて照れくさい、と恥ずかしがってるのか。
いい歳したオジサンなんだから、今さら恥ずかしいもないだろう。
人がこんなに気をもんでいるのに。
相談してくれたら、いくらでも協力するのに。
なぜトボける?
コンビだけに一緒にいられる時間は長いけれど、 それでも二十四時間そばにいられるわけはない。プライベートまでは分からない。
今夜、ここで別れた後、家に帰ってから虎徹さんは恋しい人に電話をするかもしれない。
だが、それはもう、自分には分からないのだ。
・・・と思ったとたん、閃いた。
「虎徹さん!」
「わあ、びっくりした!なんだよ、急にでかい声だして?」
「あの・・・虎徹さんの家に泊めてもらっていいですか?
その、体調が落ち着くまで・・・に、二・三日とか・・・」
好きな人なら、必ず、電話をしたり、メールをしたりするはずだ。
同じ部屋で寝泊りすれば・・・
虎徹さんが頻繁に連絡を取っている相手が誰か、突き止められる!
「え?」
なぜだか、虎徹はひどくうろたえた。
いつもの彼ならば、満面の笑顔で受け入れてくれるのに。
「・・・虎徹さん?」
「お、お前がいいなら、おれはいいよ、もちろん」
虎徹は頷いたが、その笑顔はどこかぎこちない。
――こんな彼を僕は知らない。
やっぱり、僕の知らない恋をしているのだ。



「お邪魔します」
虎徹の家に入ってきたバーナビーは、大きなスーツケースを玄関脇に置いた。
ほとんど物のないこの若者の部屋を思えば、 彼の荷物の全てと言っていいのではないだろうか。
これでは、泊まるというよりも――
「しばらく御厄介になります」
年下の相棒が礼儀正しく頭を下げてきた。
「お、おう」
虎徹はたじろいだ。
バニーの奴が自分から虎徹の家に泊まると言ってきた。
昨日の今日で。
どうやら、昨日の夜のホステスとの会話を聞かれていたらしい。
そして、今朝からバニーの様子がおかしくなった。
それってやっぱり、昨日の会話を聞かれたせいだよな・・・?
昨夜――
注文した幻の麦焼酎を待つ間、テーブルの隅っこで一人、虎徹が携帯をいじっていると、
「あら、かわいいウサギのストラップ!」
麦焼酎のグラスを持ってきたホステスが、目ざとく見つけて声を上げた。
「ああ、これ?」
たまたま店先で目に止まり、衝動買いして、こっそりバニーの携帯につけておいたのだが、 いつの間にか自分の携帯につけられていたものだ。
あいつもそんなイタズラをするようになったとは。
そう思うと嬉しくて、そのままにしていたのだ。
「ウサちゃん、かわいいわよね!あたしも飼ってるんだ。ほら」
彼女は自分の携帯の待ち受けにしている白いウサギの写真を見せてくれた。
「おう、かわいいな」
「お客さん、あなたはバニーちゃんのこと好きですか?」
「は?」
思わず、虎徹は固まった。
目の前の真剣な瞳をまじまじと見返す。
初対面でいきなり何てことを言いだすんだ?
なんなの、この子!?
人の心を読めるNEXTか・・・?
「ウサちゃんのこと、どう思います?」
彼女は真剣なまなざしで、虎徹に再び尋ねてきた。
「・・・ウサギ?」
質問の意図をようやく理解して、虎徹は脱力した。
ああ、ウサギって意味のバニーね・・・
「お客さんも犬や猫の方が可愛いって思う?」
「確かに犬や猫も可愛いけど・・・おれはバニーちゃんがいいね」
虎徹が答えると、ホステスは目を輝かせた。
「きゃあっ嬉しい!ウサギ好きの仲間に会えて。
犬好きとか猫好きのお客さんならよくいるんだけど・・・
ウサギの良さを分かってくれる人ってなかなかいなくって。嬉しいわー!」
バーナビーのことをバニーと呼ぶのは、虎徹だけだ。
そして、それを知るのは、ヒーロー仲間やごく身近な人間だけ。
初めて入った店の女の子がそんなことを知るはずがない。
当のバニーちゃんは、ハーレムの主よろしく両手に美女を侍らせて楽しそうに談笑しているし、 こんなテーブルの隅っこでの会話なんて耳に入ることはないだろう。
虎徹は安心して、口を開いた。
「おれは大好きだよ、バニーちゃん!一日中見てても飽きないね。もー可愛いったら!」
「でしょ、でしょ? でも、犬や猫飼ってる人たちは、『ウサギとはコミュニケーション取れないから』って言うのよ。
犬は人間に従順で、喜んで一緒に遊ぶし。
気まぐれな猫だって、ちょっかい出せばじゃれてくるしね。
だけど、ウサギは無表情で黙々とキャベツ食べてるだけじゃないって。
こっちがいくら『好き』って気持ちを示しても、何も返ってこないって」
虎徹は、『バニー』と呼んでいる若者の顔を思い出し、思わず吹き出した。
「ははっ、言えてる!
確かにおれのバニーちゃんもさー、 いまいちコミュニケーション取れないんだよなー。
最近、ようやく懐いてくれたみたいなんだけど、それでもまだ、こう、 何考えてるか分かんねえっていうか」
「ウサギってそういうもんなのよ。でも、そこがまた可愛いの」
「そうなんだよなー。なんかこう、ほっとけないっていうか、余計かまいたくなるっていうか」
「そうなのよー!
犬みたいにぶんぶん尻尾振ってくっついてきたり、 猫みたいに甘えてすり寄ってきたりするわけじゃないから、 そういう分かりやすさってないんだけど」
「ちょっかい出しても、スルーされたりしてなー。
こっちは心配してるのに、通じてるんだかないんだか・・・
なにこれ、おれの片思い?みたいな」
麦焼酎を片手に、虎徹はしみじみ頷いた。
「やーん、分かるー!切ないのよねー。でも可愛いから許しちゃう」
「うん、可愛いから許す」
「もう恋ね!ラブだわね!」
「そっかー。やべーなー」
テーブルの遥かかなたで、美女たちにモテまくりのバーナビーの耳に届くわけないと、 タカをくくって、気楽に喋っていたのが間違いだった。
まさか、聞こえていたなんて。
――あの会話を聞いて、バニーがうちに泊まりたいと言ってきたということは。
それは、バニーに受け入れる意思があるってことか?
そうなのか?
仕事の相棒というだけじゃなく。
別のレベルでの親密さを期待していると。
そう理解していいのか?



久しぶりに訪れた虎徹の部屋は、相変わらずだった。
リビングには、亡くなった奥さんとの結婚式の写真が飾られている。
新しい恋を感じさせるようなものは何もない。
まあ、いい。
時間はあるんだ。ゆっくり調べよう。
バーナビーはスーツケースの中の荷物を出し始める。
「じゃ、おれ夕飯作るわ。
バニーは先にシャワー浴びとけよ」
「はい、すみません」
バーナビーが返事をしたところで、電話のベルが鳴った。
――来た!
彼は身構えた。
恋人からの電話か!?
「おー、楓〜」
電話口で虎徹が甘えた声を出す。
・・・なんだ。娘さんか。
「え?うんうん」
長い電話になりそうだ。
この隙にシャワーを浴びてしまおう。
夜はまだ長いのだから。
虎徹さんが恋人に連絡する時を見逃さないよう、貼りついていなければ。

バーナビーがシャワーを浴びて出てくると、虎徹はまだ電話をしていた。
「ええ、じゃ、明日、セントラル公園のカフェテラスで」
待ち合わせの連絡?
よく見ると、テレビ電話のディスプレイに表示されているのは、 バーナビーも会ったことのある少女ではなかった。
長い黒髪の妙齢の女性だ。
この人が、虎徹さんの恋人!?
「お、バニー出たの。
もうチャーハンできてるぞー」
電話を切った虎徹が満面の笑みでそういうと、キッチンに入っていった。
バーナビーがテレビ電話のディスプレイを見られたのは、ほんの数秒。
虎徹と同じ、黒い瞳に黒い髪の東洋系。
綺麗だが、芯の強そうなところが亡くなった奥さんに似ている。
胸も大きかった。
ほんの数秒だったが、バーナビーの鋭い目はそれだけの情報を得ていた。
年齢は・・・二十をちょっと超えたくらい。
――僕より年下!?
そんな若い女の子と!?
ちょっと、それはどうなんですか?
年頃を迎える娘を持つ父親として!
楓ちゃんが許してくれるとはとても・・・
「こっここ虎徹さん、今の方は・・・?」
食卓を囲みながら、ナチュラルな会話に紛れて探りを入れようと思ったのだが、 無理だった。
席につくなり、直球ストレートな言葉が勝手に口から出てしまった。
「ああ?真理ちゃん?」
だが、虎徹の方はチャーハンを食べながら、いつもと全く変わりのない様子だ。
「ま、まりちゃん・・・?」
「楓の通ってるスケート教室の先生。
楓がすっかり懐いてて。二人でいると、まるで仲のいい姉妹みたいでさ」
ええ!!
楓ちゃんも公認なんですか!?
そうか・・・
もう二人は公認の仲だったのか・・・



食事が終わっても、バーナビーは心ここにあらずといった面持ちで、ぼんやりしている。
虎徹の家には何度も泊まっていて、勝手は分かっているはずだ。
いつもなら、酒を飲んだり、テレビを見るともなく眺めたりして気楽に過ごしていたものなのに。
今日のバーナビーは明らかにいつもと違う。
緊張しているのか。
先ほどから虎徹がちょっと動くたびに、びくっと反応して様子をうかがう。
虎徹が見返すと、何でもないって風を装って視線を外したりして。
このぴりぴりした空気。
心臓に悪い。
「ええと、バニー?こんなおっさんが気持ち悪いとか、思ってない?」
虎徹は思い切って口火をきった。
「そんなこと思いません!愛があれば年の差なんて!」
バニーがきっと眦を吊り上げて答えてきた。
「いや、年の差以前の問題が・・・」
確かにこの街では、同性の結婚も法律的には認められているけれど、 社会的にはまだまだ抵抗は強い。
虎徹は元々同性愛に差別も偏見もなかったけれど、初めて恋をした相手は女性で、子供も授かった。
まさか自分がこんな法律のことを思い返す事態になろうとは。
まさに人生、一寸先は闇。
どこにどんな落とし穴が待っているか分かったものじゃない。
「一体どこに問題が?虎徹さんに愛される人は幸せです」
「そ、そうかな?」
世代の違いってやつか?
今時の若いコは抵抗ないんだろうか・・・
「はい」
年下の相棒はきっぱりと頷いた。
「まあ確かに、少しドジで間抜けなところありますけど」
「それ、褒めてるの?」
「はい。虎徹さんらしいです」
バーナビーはまたたきもせず、じっとこちらを見つめている。
これは・・・キスを待ってる?
虎徹は覚悟を決めて腕を伸ばした。


バーナビーの年上の相棒は、いつになく真面目な顔をしている。
こうして黙っていれば、カッコイイのに。
何かしようと動き出すと、たちまちカラ回って周囲に被害を及ぼす。
いつだって行為が裏目に出てしまう。
おかげで、「正義の壊し屋」だとか「間抜けな賠償金野郎」とかありがたくないあだ名をつけられる。
まったく困ったトラブルメーカーだ。
僕も、出会ったばかりの頃はそう思っていた。
でも、一緒にいるうちに分かっていった。
この人を動かしているのは、誰かを助けようとする気持ちだけなのだ、と。
目の前の困っている人を放っておけない性分なのだから。
この人に愛される人は、幸せだ。
心からそう思う。
亡くなった奥さんも、娘の楓ちゃんも、そして、あの黒髪の若い女の子も・・・
僕が四歳の時に永遠に失ってしまったものを持っているのだから。
あなたたちは、幸せだ。
「ちょっ、バニー、どうした!?」
目の前の男が年甲斐もなくあたふたしているようだが、その姿はぼんやりしていてよく見えない。
ちゃんと眼鏡はかけているはずなのに。
眼鏡をかけ直そうと手をかけて、気が付いた。
ああ、僕は泣いているのか。
また勝手に涙が出ているのだ。
虎徹さんはひどく狼狽している。
そこまでうろたえなくても、と呆れつつも、 目の前の人間がいきなり泣き出したら驚くのも当然かと納得する。
優しいこの人を困らせるのは、本意ではない。
「ごめんなさい。何でもありませんから」
おやすみなさい。
バーナビーは逃げるように寝室に向かった。


――ええっ!泣くほどいやだった!?
残された虎徹は反省した。
ちょっと性急すぎたか?
そうだよな、バニーはこーゆーことに関しちゃお子様だからな。
いきなりで、怖がられたか・・・


つづく



T&B TOP



HOME




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送