Somebody loves you


ピンポーン。
呼び鈴の音で、バナービーは目を覚ました。
ぱたぱたと聞きなれた足音がして、玄関のドアの開かれる音がする。
「お疲れさん」
虎徹の声がして、扉が閉められた。
バーナビーがベッドから這い出してリビングに行くと、テーブルの上に小さな白い箱が置かれていた。
今の宅配業者が届けてきたものだろう。
虎徹の姿は見えなかったが、キッチンから食欲を刺激する匂いがしてくる。
『もしもし、お父さん?』
キッチンの方から女の子の声がした。
「お、楓!ちょうどいいところに!今、届いたぞー」
虎徹の声。電話で娘と話しているようだ。
『真理先生にちゃんと渡してよね!大事なものなんだから』
「分かってるってー。今日の夜、会う約束してるから大丈夫」
『もう心配だな、お父さん一人に任せるの。わたしもそっちに行けばよかった』
「おいおい、お前は学校があるだろ。心配すんな、俺にまかせとけって」
『お父さん、失礼のないようにちゃんとやってよ? 女の子にとって結婚って憧れなんだからね!』
「分かってるって!」
虎徹は愛娘にでれでれの表情で請け合ったが、キッチンの入り口に立つバーナビーに気付いて、
「じゃ、楓、また今夜電話するから」
と電話を切った。
「バニー、おはよう!ちょっと待ってな、いま目玉焼きつくるから」
いつものようにニッと笑って、虎徹は朝食作りに戻っていった。
目玉焼きに気を取られていた彼は、気づいていなかった。
彼の年下の相棒が、ふらふらと倒れるようにリビングのソファに座り込んだことに。

真理先生。
失礼のないように。ちゃんと渡す。
結婚は女の子の憧れ。
高価なアクセサリーの入っていそうな小箱。
父子の会話の断片が、バーナビーの頭の中でくるくる回る。
それら全てが矛盾なくつながる仮説はただひとつ。

「おーい、バニー!そこのトースターでパン焼いといてくれー」
虎徹がキッチンから顔を出して、リビングにいるはずの相棒に声をかけたが返事がない。
「バニー?」
リビングをのぞくと、金髪の青年が思い詰めた表情でテーブルの上の一点を凝視していた。
「どうしたんだよ?」
「・・・あの、虎徹さん、これ・・・」
バーナビーがじっと見つめているのは、先ほど宅配業者が届けてくれた荷物だった。
中には、小さいけれど、お金には変えられない大事なものが入っている。
「これを今日、真理さんという方にお渡しするんですね?」
相棒の言葉に、虎徹は頷いた。
「そうなんだ。ちゃんと渡してって、今も楓のやつに念押しされたとこ。 自分の父親がそんなに信用できないかねえ?」
虎徹が苦笑いしてみせても、バーナビーの表情はこわばったままだ。
「・・・すみません、食欲ないので・・・もう少し休みます」
バーナビーはふらふらと寝室に戻っていった。
――あいつ、ほんと具合い悪そうだな?
後で何か持っていってやろう。
虎徹はそう考えたところで、フライパンを火にかけている最中だったことを思い出し、慌ててキッチンに飛び込んだ。

――やっぱり。
再びベッドにもぐりこんだバーナビーは、自分の結論が正しかったことを確信した。
今日、虎徹さんが真理先生とやらと会う約束をしたのは――
プロポーズの指輪を渡すため。
それが、彼の導きだした結論だった。


「おーい、バニー?起きてる?」
寝室のドアの向こうから、控えめに名前を呼ばれた。
毛布の中で胎児のように体を丸めて、うとうとしかかっていたバーナビーだったが、 夢ともうつつともつかない自分だけの世界から現実に引き戻された。
起きようとして、顔がべたついていることに気がづいた。
また、泣いていたらしい。
全く、どうしてこんなに涙が出るのだろう?
バーナビーはベッド脇のティッシュケースに手を伸ばし、顔を拭いてから、
「どうぞ」
とドアの外の男に声をかけた。

「ほれ、ホットミルク。お前、好きだろ?
食欲なくっても、このくらいは腹にいれとかないと」
「ありがとうございます・・・」
虎徹の届けてくれたマグカップがあったかくて、ほっと気持ちが和んだ。
とたんにまた、涙があふれそうになり、バーナビーはミルクを飲むふりをして慌てて堪えた。
「具合い、大丈夫か?病院、連れていってやろうか?
おれ、これから出かけなきゃならないだろ。お前を一人にしておくのもなあ」
目の前の男は心から心配そうな表情を向けてくる。
この人はこんな時にも変わらない。
「僕なら大丈夫ですから。それより、ちゃんと渡してあげてくださいね」
「分かってるって。お前まで楓みたいなこと言うなよ」
虎徹は子供みたいに口を尖らせた。
そんな顔するから、心配されるんですよ。
そう思ったら、自然に顔がほころんだらしい。
「んじゃ、悪いけど、留守番頼むわ」
虎徹の顔にも安堵の表情が浮かんで、バーナビーの頭に手を置いた。
「ちょっと早いけど、買い物ついでに出かけるわ」
そう言って虎徹は立ち上がった。
「・・・ちょっと待ってください、虎徹さん」
とたんに、バーナビーの目が鋭く輝いた。
「どうした?」
「まさかとは思いますが・・・その恰好で、真理さんにお会いするつもりじゃないでしょうね?」
「へ?そうだけど?」
「信じられない!あなたという人は・・・!!」
「ええっ!?おれ、そんな言われ方されるようなことしてる!?
これ、いつもと同じ恰好だよ?」
「いつもと同じ!いつもと同じ恰好で行く気ですか!!」
「はあ!?」
「だって、大事なものを渡しに行くんですよ!?」
「そりゃまあそうだけど・・・そんなオオゲサに言わなくても」
「大げさじゃありません!
それはあなたにとっては、既に経験済みのこと、別に緊張感もないのかもしれませんけど、 あちらは初婚なんですから!」
「それはそうだけど」
でも、おれが既婚だってこと、何か関係あるのか?
娘の習い事の先生に結婚祝いを渡すのに・・・
そうボヤいた虎徹の言葉は、もはや彼の耳には届いていない。
「こんなことしてる場合じゃありません!
さあ、出かける準備をしますよ、虎徹さん!!」
バーナビーは颯爽とベッドから飛び降りた。

バーナビー行きつけのカリスマ美容師のいる美容院でヘアスタイルをセットし、 高級ブランドのスーツでびしっと全身を固める。
そんな虎徹の姿を見て、バーナビーは言った。
「虎徹さん、見違えます。今日の虎徹さんはかっこいいです」
「なんで泣くの、バニー?」
「分かりません。最近、涙もろいんです」
いってらっしゃい、虎徹さん。
虎徹は怪訝そうな顔をして、立ち去りがたい様子だったが、 待ち合わせに遅れますよ、とバーナビーに叱責されて、しぶしぶ歩き出した。
その背中を、バーナビーはいつまでも見送っていた。
どうしてこんなに気持ちになるんだろう?
二度と会えなくなるわけでもないのに。
また明日になったら、いやでも会社で顔を合わせるのに。
どうして涙が止まらないのだろう・・・
とぼとぼと虎徹のアパートに戻ってきて、何気なくリビングルームに目をやって、気が付いた。
「指輪、忘れてる!!」
テーブルの上に置かれたままの、小さな白い箱をつかむと、バーナビーは再び街に飛び出した。

待ち合わせは、確か、公園内のカフェテラス。
八割がた客席の埋まった店内を歩いていくと、いた。
近眼でも、彼のシルエットは特徴的だからすぐに分かる。
虎徹の向かいには、長い黒髪の女性が座っていた。
大きく深呼吸して、バーナビーは声をかけた。
「虎徹さん、忘れ物ですよ」
差し出された小箱を見て、虎徹は頭をかいた。
「おー、バニー!助かる」
「肝心な物を忘れるなんて」
「お前が急にスーツとかヘアスタイルだとか言い出すからだろー」
「人のせいにするなんて、男らしくないですね」
二人が軽口をたたいていると、カフェの中がざわつき始めた。
「あれ、バーナビーじゃない?」
「バーナビーよね?」
「ヒーローのバーナビーによく似てらっしゃるんですね」
真理という女性がにっこりほほ笑んだ。
「あ、そうなんですよー。こいつは会社の同僚で。いつも間違われるんですよ」
虎徹がぎこちない笑みで取り繕った。
彼女は静かにほほ笑んでいる。
その瞳は聡明な光を放っている。
彼女は本当は気づいているのかもしれない。
そのうえで、教え子の父兄の立場を察して付き合っているのかも。
この人なら、彼が惚れたのも分かる。
バーナビーは、彼女の手を取った。
「僕はお二人の幸せを祈っています、心から」
ありがとうございます、と彼女は嬉しそうに顔を赤らめた。
周囲の客は何事が起ったのかと興味深々、注目している。
「二枚目はキザなポーズもサマになるねー」
ひゅう、と虎徹が口笛を吹く。
「なに言ってるんです。後は、一人でちゃんとやってくださいよ、虎徹さん」
バーナビーは二人に背を向けた。
「バニーちゃん、怖い」
虎徹が半分冗談、半分本気の顔で言う。
怖い顔になったのは、うっかり涙がこぼれてしまわないようにするため。
「あれ、バーナビー?それとも、そっくりさん?」
「まさか、本物がこんな所にいないわよね?」
さざ波のように聞こえてくる人々の声の間を、バーナビーはかき分けるように、店の出口を目指した。
「本物じゃないでしょ。だって、ヒーローは泣いたりしないわよ・・・」

――苦しい。
胸が苦しい。
なんだ、この痛み。
まるで、胸が押しつぶされそうだ。
こんな苦しさ、今まで経験したことがない。
心臓の病気か?
この間の定期健診でも異常なしと言われたばかりなのに。
涙も止まらない。
このままじゃ、体内の水分がすべて流れ出てしまいそうだ。
一体、どうなってしまったんだろう?僕の体は。

「おーい、待てよ、バニー!」
「虎徹さん・・・彼女と一緒では?」
「真理ちゃんなら、フィアンセと結婚式の打ち合わせに行ったよ」
「フィアンセ!?」
「なに驚いてんの?あの子、来週、結婚するんだよ。それでお祝いを」
「え?」
「楓のやつがビーズで首飾りを手作りしてさ、送ってきたんだよ。絶対に渡してね!って。
彼女、挙式も新居もこっちで、しばらく故郷のオリエンタルタウンには戻れそうになくてさ」
「虎徹さん、再婚するんじゃ・・・?」
「再婚?おれが?なに言ってんの、バニーちゃん!」
虎徹は笑い出した。
「お前、こないだの夜、なにを聞いてたんだよ?
やっぱりなあ、あの距離じゃ絶対聞こえてないと思ったんだよ。
お前、何か聞き間違えたんだろ」
「え?そんなはずは・・・」
「そうかそうか、お前、それで動揺して挙動不審だったんだ」
「挙動不審なんかじゃ・・・!」
「もういいじゃねえか。さあ、帰ろ、帰ろ」
虎徹に腕を引っ張られていたバーナビーだったが、
「やっぱり納得いきません!」
「おい、バニー!」
腕を振り払って、ハンドレッドパワーを発動させると飛んで行った。
――まったく仰々しい照れ隠しだな。こっちのがずっと恥ずかしいと思うんだが・・・
「夕飯までには戻ってこいよー」
虎徹は小さくなっていくバーナビーの背中に向かって、ひらひらと手を振った。


その日の夜。
戻ってきたバーナビーは興奮気味に頬を紅潮させていた。
「おかえり、バニー。どこ行ってたんだよ?」
既に晩酌を始めていた虎徹が尋ねると、彼の相棒はフッと鼻で笑って、いつもの得意げな表情全開で、
「この間の店に行って、あのホステスに聞いてきました。あなたが何を話していたのか」
「ええ!!」
そこまでしたのか。
こいつときたら、思い詰めるとどこまでもやるからな・・・
聞かれてしまったのか。
ならば仕方ない。
おれも男だ。腹をくくろう。
告白は、自分の口からちゃんとしたい。
人づてではなくて。
「バニー、おれは――」
「彼女、言ってました。
ウサちゃんがかわいい、かわいいって虎徹さんが言ってたって。
虎徹さんがそんなにウサギ好きだったとは知りませんでした。
勘違いして、すみません」
バーナビーがぺこりと頭を下げてきた。
「・・・ええと・・・バニー?」
「はい?」
「バニーちゃん」
「なんですか?」
「バニーちゃん、バニーちゃん」
「だから、なんなんですか?用がないなら、呼ばないでください」
「バニーって呼んでも返事するんだ」
「どうせ呼ぶなと言っても、あなた、聞かないじゃないですか」
「バニーはどうしてバニーって呼ばれるの、いやなわけ?」
「嫌に決まってるでしょう。僕はバーナビーです。バニーじゃない。
ウサちゃん呼ばわりされるのは我慢なりません」
「うん、そうか」
「ええ、そうです」
「・・・で?」
「はい?」
「いや、だから」
「なんですか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・いや、いいわ」
「だから、なんなんですか?さっきから」
「分からないんなら、いいってこと」
「もう、気になるじゃないですか。はっきり言ってください」
「分かっててワザとトボけてる・・・ってわけじゃあ、なさそうだな。
なら、いいよ。
いつか分かるよ・・・たぶん」
「たぶんってなんですか」
ぷんすか怒るバーナビーに、虎徹は自然と顔がほころぶ。
「バニーがやたら涙もろかったのは、おれが再婚すると思ってたからなの?」
「どうして、そんな理由で僕が泣くんです?」
バーナビーは緑色の瞳をきょとんとさせて、小首をかしげた。
――ウサギとはコミュニケーションが取れないってのは、本当だな。
でも、そういうところもひっくるめて可愛いんだからしょうがない。
その金色の髪に指をからめて、わしわしと頭を撫でてやると、虎徹は立ち上がった。
「さ、メシにしようぜ」
「ちょっと、やめてください、髪をめちゃくちゃにするのは!」
「だってバニーの髪、さわり心地いいんだもん」
「僕はバニーじゃなくて、バーナビーです!」
「はいはい、バニーちゃん」
「だから・・・!」
そうして今日もまた、ありふれた一日として暮れるのだった。


To be continued...


(蛇足)
愛されてることに気づかない以前に、自分の恋心にも自覚ナシ。
そんなバニーちゃんがかわいいと思います




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