ジェットコースターに乗って、ボートでクルーズして、観覧車に乗って、洞窟を探検して・・・
アトラクションを一通り楽しんで、少女はベンチに腰かけた。
「お父さん、あれ食べたい!」
楓が指さした先では、ワッフルが甘い匂いで人々を引き寄せていた。
「すっげえ並んでるな・・・」
「あれ、有名なのよ!ここに来たからには食べなくちゃ」
「へいへい、分かったよ、お嬢さま。ちょっと待ってな」
虎徹はひょいと身軽に駆けていく。
「ねえ、バーナビー」
少女に名前を呼ばれて、振り返った。
「お父さん、バーナビーに迷惑かけてない?」
今まではしゃいでいたのが嘘のように、少女が真剣な眼差しを向けてきたので、
バーナビーはその隣に腰を下ろした。
少女はじっと見つめてきて言った。
「正直に言ってね。
お父さんの方が年上だし先輩だから、面と向かっては言いづらいこととかあると思うの。
だから、私から伝えるから言ってね?
お父さん、バカだから、言わないと分からないのよ」
そうして、少女はぷうと頬をふくらませると、腕を組んだ。
「バーナビーもお父さんと一緒にいるから分かってると思うけど・・・
ほんと、ガサツでデリカシーないし。こないだも、私の部屋に勝手に入ってきたりして!
それに、電話じゃすぐ帰る帰るって言うくせに、ちっとも帰ってこないし!
おばあちゃんも村正おじちゃんも、心配してるのに・・・本当にひどいんだから。
でもね、私にとってはたった一人のお父さんだから。
私はヒーロー続けてるお父さんが大好きよ。
ずっと続けてほしいと思う。
でも、それで、パートナーのバーナビーに迷惑かけてたら困るし・・・
ねえ、バーナビー、正直に言って?」
少女の曇りのない瞳がじっと見つめてくる。父親と同じ色で。
「心配しないで」
バーナビーは微笑んだ。
「僕もずっと虎徹さんの相棒でいたいと思ってる。
虎徹さんにはいつまでもヒーローを続けてもらいたいってね。
楓ちゃんと一緒だよ」
「本当に?迷惑じゃない?」
「迷惑だなんて、とんでもない。
僕がこうしてヒーローを続けているのも、虎徹さんがいるからだし・・・
なんていうか・・・言葉ではうまく言えないけれど」
バーナビーの顔を瞬きもせず、少女はじっと見つめていたが、やがて花が咲いたように笑顔を見せた。
「よかった!バーナビーもお父さんのこと、好きでいてくれて」
少女はぴょこんと立ち上がると、バーナビーに深々と頭を下げてきた。
「お父さんのこと、好きになってくれてありがとう」
「え?」
「ふつつかな父ですが、どうぞこれからも末永くよろしくお願いします」
――楓ちゃん、その挨拶はちょっと違うんじゃないかなあ・・・?
そう思ったが、少女の一生懸命な姿が可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
バーナビーも少女を真似て頭を下げると、彼女は嬉しそうに笑った。
「お?なんだ、二人とも、楽しそうだな。おれも混ぜろよ」
ワッフルを買って戻ってきた虎徹が、割り込んできた。
だが、愛娘は冷たい。
「ダーメ!二人だけの秘密だもん。ねえ、バーナビー?」
「ねえ、楓ちゃん?」
「おいおい、なんだよ。おれも仲間に入れてくれよー」
父親の情けない表情を見て、少女は声を上げて笑った。
「バニー、そろそろ取材の時間じゃねえか?」
時計を見た虎徹が、年下の相棒に声をかけると、若者は申し訳なさそうな顔を少女に向けた。
「ごめんね、楓ちゃん。この後、雑誌の取材が入ってて・・・一度会社に戻らないといけないんだ。
終わったら、またここに戻ってくるから」
「いいよ、バニー。
なあ、楓、もう十分だろ?」
虎徹が娘に言うと、少女も素直に頷いた。
「うん、ありがとう、バーナビー。もっと一緒に遊びたいけど・・・お仕事だものね」
「でも、本当にそんなに時間かからないので、すぐ戻ってくるよ」
そう少女に答えているバーナビーに、虎徹が言う。
「ムリしないでくれよ、バニー。まったく、おれも娘を甘やかしすぎだよなあ」
「そんなことありませんよ。
普段なかなか会えないんですし、このくらいはしてあげないと。
楓ちゃんも寂しいでしょうに」
「そう思ってつい甘くなっちまうんだよな・・・
おかげで、楓のやつ、すっかりワガママになっちまって」
「楓ちゃんはワガママなんかじゃありませんよ。
賢くて優しい、父親思いのいい子じゃないですか」
「バーナビーと遊園地に行きたい!なーんて、言い出すことが、そもそもワガママだろ」
肩をすくめてみせる虎徹に、バーナビーが呆れた顔をする。
「・・・楓ちゃんがただ僕とデートしたくて、あなたにねだったと本気で思ってるんですか?」
「違うの?」
「・・・あなたって人は・・・本当に何も分かってませんね。
楓ちゃんは、あなたのことを心配してるんです。
それで、パートナーである僕と話をしようと考えたんですよ」
「本当かよ?楓」
虎徹に問われて、少女は口を尖らせた。
「だって、お父さん、バーナビーに迷惑かけてるんじゃないかって思って・・・」
「子供は余計な心配しなくていいの」
娘にそう諭す虎徹に、
「余計なことじゃないです」
そう言い返してきたのは、バーナビーだった。
「子供だって心配します。
大好きなお父さんのことなんだから、心配するに決まってるでしょう」
「だーから、子供は余計なこと考えなくていいんだって!
子供に心配されなきゃならねえほど、おれはまだ耄碌してねえよ。
子供は自分のことだけ考えてればいいの。
ちゃんと親の言うこと聞いて、勉強して、遊んで、
一人前になることだけ考えてれば、それでいいんだよ」
「親の言い分ばかり押し付けて、子供の言うことを否定するのは、よくないです。
親なら、ちゃんと子供の言い分にも耳を貸すべきです」
「バニー、お前には分からねえだろ。
人の親になったことないんだから。お前、そもそも童貞じゃん」
「それ、関係ないでしょう」
「おれはもう十年も父親やってんの。
こいつを生んで育てて、もう十年も父親やってんだよ。
楓よりお前より、ずっと人生経験積んでんの。
年長者の言うことは、黙って聞いとけ」
「楓ちゃんを生んだのは、あなたじゃなくて、あなたの奥さんでしょ」
「つまらん揚げ足を取りやがって・・・これだから、童貞は」
「あなたもしつこいですね。いい加減、その話題から離れたらどうですか。
女の子の前で言うことじゃないでしょ。
年長者として敬われたいのなら、それらしく振る舞ってください。
少しは僕の尊敬を勝ち得るようなこと、してみせてくださいよ」
「そっちこそ、娘の前で言うか?そういうことを。
バニー、お前、本当に性格悪い・・・」
「ええ、そうですね。
僕、あなたと違って、幸せな人生送ってこなかったので。
性格悪いんです」
「なにそれ、まるでおれが何も考えずにノホホンと生きてるアホみたいじゃん」
「よく分かってらっしゃるじゃないですか」
「なにィ!バニーの分際で・・・本当に可愛くない!」
「だから、僕はバニーじゃない。僕の名前はバーナビーです」
「『僕はバニーじゃない〜、バーナビーですぅ〜』」
「そんな言い方はしていない!」
「『そんな言い方していないィ〜』」
「ぷっ」
妙な破裂音がして、虎徹とバーナビーが振り向いた。
「あははははっ」
楓が堪えきれずに笑い出した。
呆気にとられたのは、二人の方だ。
「もう二人とも、子供みたいっ」
少女は体をよじって笑い転げている。
「本当に二人は仲良しなのね!安心したっ」
バーナビーは迎えに来た車に乗って仕事に戻っていった。
「バーナビー、テレビと印象違う」
車が見えなくなるまで手を振っていた楓がふと呟いた。
それを聞いた虎徹は、
「テレビの前じゃカッコつけてるだけさ。実際はあんなもんよ。
おれのことなんか、バカにしきってるもんなー」
「なに言ってるの、お父さん」
「へ?」
「バーナビーはお父さんに甘えてるだけじゃない」
「甘えてる?」
「バーナビーって本当はとっても可愛いのね!ますますファンになっちゃった」
――可愛い、のか?あれが?
愛娘の笑顔に、虎徹は頭を抱えた。
つづく
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