Real Tiger & Bunny


『今日もヒーローの活躍でシュテルンビルトの平和は守られました!
それでは、みなさん、次回のヒーローTVをお楽しみに!!』
テンション高いマリオの声が生中継を締めくくり、 にこやかに手を振るヒーローたちの姿を映して、テレビ画面はコマーシャルに移った。
「はい、中継終了でーす!みなさん、お疲れ様でしたー!」
テレビ局スタッフの声がかかると同時に、隣で笑顔で手を振っていた若者の表情が一変した。
「全くあなたという人は・・・
犯人の行く手を塞ぐだけなら、他にもいくらでも方法あるでしょう。
どうして、あんな短絡的な行動に出るのか、全く理解できません」
バーナビーがその綺麗なグリーンアイズに軽い軽蔑の色を滲ませながら、 年上の相棒に冷ややかな眼差しを向けてきた。
――いや、おれだって、お前のその表情の切り替えの早さが理解できないんですけど?
0.1秒前まで、ハンサムスマイル全開だったよね?
と、虎徹は思ったが、こいつに今さらそんなことを言っても始まらないのは分かってる。
「別にいいだろー。犯人は全員逮捕できたんだし」
若造の文句など、大人の貫禄で受け流す。
「よくありません。あなただけ、ポイントゼロだったじゃないですか」
「ポイントなんてどうでもいいだろ。ヒーローの仕事は、市民の生活を守ることだ」
「あなたはただ、建物を壊しただけじゃないですか」
――う。
年下の相棒の指摘が的確すぎて、虎徹は言葉を失った。
大人にだって、余裕のなくなる時はある。
「それは結果的にそうなっただけであって・・・」
もごもごと言い返すと、年下の相棒にぴしゃりと言われた。
「虎徹さん、今期まだポイントゼロですよ?
今日こそは絶対ポイント取ってくださいねってあれほど念を押したのに」
「おれのことなんかいいじゃねえか。
お前はちゃんとポイント稼いでるんだし」
「よくありません!僕らはコンビで活動しているんですからね。
相棒のあなたがいつまでもポイントゼロじゃ僕が困ります。
しかも、せっかく今日という日に、ポイントを取れる絶好のチャンスがあったというのに、あなたときたら・・・」
「シーズンはまだ長いって」
「そんなこと言ってるから、いつまで経ってもポイント取れないんですよ。
今日取れるものは今日取らないと」
「ポイントポイントって、お前、そーゆーの卒業したんじゃなかったの?」
「卒業ってなんですか。 ヒーローがスポンサーの支援を受けた上での活動である以上、結果を出すことは重要です」
年上の相棒に向かって、こんこんと説教を始めるバーナビーだったが、
「バーナビーくん、そろそろ雑誌の取材撮影の時間だよ」
上司のロイズに呼ばれて、しぶしぶ虎徹の前から立ち去っていった。
虎徹はほっと息をついた。
これ以上、バニーに説教される前に、とっととずらかるに限る。
会社の斉藤さんのラボに戻ってスーツの調整に付き合い、それが済むと、 さっさと会社を出て馴染みのバーに入った。
ほろ酔い気分で、壁にかけられたディスプレイの野球中継を眺めていると、携帯電話が鳴った。
バーナビーからだ。
「今どちらにいらっしゃいますか?」
「バーで飲んでるけど」
「虎徹さん、今夜空いてますか?お話があります」
また説教の続きか・・・
ブルーになった虎徹の口は自然と重くなる。
「いやー、今日はちょっと・・・」
「バイソンさんと約束ですか?
別に他の方がいても構いません。
僕の用事はすぐ済みますので」
一旦こうと決めたら、どんなことがあっても絶対に成し遂げるのが、彼だ。
彼が今夜はとことん虎徹に説教すると決めたのならば、逃げる術はない。
虎徹は諦めた。
「じゃ、家に来いよ。おれももう帰るから」
「分かりました。それでは、後ほど」
はあ。
虎徹は重い足取りで家路についた。
家に着いたらバニーの説教かー。やだなー。
その気持ちの表れか、歩くのも亀のようにのろくなる。
いつもなら、十数分で帰れる道を一時間もかかっている。
再び携帯が鳴った。
「僕、もう、虎徹さんの家に着きましたけど」
「あー、悪い、おれまだ途中で・・・」
「虎徹さん、酔ってるんですか?僕、車で迎えに行きますよ。今どこです?」
「酔ってねえよ。大丈夫だから、ちょっと待っててくれ」
「今どのへんですか?」
「あと十分くらい?北側の公園の中を歩いてるとこだから」
虎徹が携帯電話で喋りながら歩いていくと、
「誰か助けて!!」
「・・・今の声、なんです?」
携帯電話の向こうのバーナビーにまで聞こえたらしい。
一気に憂鬱な気分は醒め、虎徹は声のした方に駆け出した。
綺麗に刈り込まれた花壇の向こうに、人影が見える。
きらり、と街灯の光を反射して目を射抜いたのは、ナイフの冷たい光彩。
「やめろ!!」
虎徹の叫びも虚しく、その目の前で、ナイフが振り下ろされた。
若い女が首から血を吹き出しながら、大地に倒れる。
「大丈夫か!?」
虎徹は花壇を飛び越えて倒れた女性に駆け寄り、抱きかかえた。
だが、すでに意識はない。体も冷たくなりかけている。
「虎徹さん!?」
握っていた携帯電話から、年下の相棒に名を呼ばれた。
「バニー!救急車を呼んでくれ!すごい出血だ!おれは、ヤツを追う!」
「待ってください、虎徹さん!ヤツって誰です!?一人では危険です!僕もすぐそちらに行きますから――」
「大丈夫だって!こいつ捕まえて、今度こそポイントゲットしてやるからよ!
バニーちゃんは待ってなっ」
虎徹は携帯を切ると、アイパッチを着け、その場から立ち去った人影を追う。
犯人は一人だ。
ハンドレッドパワーが1分しか使えなくなっても、 ナイフなんかを持ち歩くような相手に、タイマン勝負で負けるつもりはない。
虎徹はワイヤーを街灯にひっかけ、宙を飛ぶと、犯人の行く手を先回りして、大地に降り立った。
「さあ、観念しな。お前の顔は、このおれ・・・ワイルドタイガーがバッチリ見てるからな。逃げられないぜ」
目の前にいるのは、スーツ姿の男だった。
年齢は虎徹よりもやや上くらい・・・落ち着いた表情をしている。
いかにもナイフを持ち歩いていそうな、その筋のコワモテって風情ではない。
むしろ、会社の廊下ですれ違っていたら、どこかのスポンサー企業の重役かと思っただろう。
そんな、社会的地位のありそうないい大人だ。
それが、ナイフで女を刺した凶悪犯なのだから、今の世の中は分からない。
行く手を虎徹に阻まれた男は、しかし、落ち着いていた。
「・・・でも、私を見たのは君だけ・・・君の口さえ封じてしまえばいい」
「ふふん、おれとやろうってのか?いい度胸だ。いいぜ、相手になってやろう」
目の前でむざむざと凶行に及ばれて、虎徹も心中穏やかではない。
人の命を踏みにじるマネをしておいて、この反省や後悔のカケラもない様子はどうだ。
ここはひとつ、お灸をすえてやらねばなるまい。
それに、殺人犯を逮捕したとあれば、 ポイントポイントとうるさく啼くあのウサギちゃんもおとなしくさせられるというものだ。
そんな下心があったりするのも、否定できない。
「いくぜっ!」
虎徹は気合いを入れて身構えたが、目の前の男は棒立ちのままだ。
攻撃を仕掛けてくる気配もない。
彼は笑みを浮かべて言った。
「ヒーローのワイルドタイガーと戦って、勝てるわけないのは分かっているよ。
口を封じるだけなら、他にも方法はある・・・」
目の前の男の全身が、青白く発光した。
「お前・・・NEXTか!!」


静かなはずの夜の公園は、赤色灯の明滅とサイレンの音で、すっかり物々しい雰囲気に包まれていた。
次々と、救急車や警察車両が到着して、緊張した面持ちの人々を吐き出していく。
バーナビーが現場に到着した時には、すでに女性は事切れていた。
哀れな被害者が車に運ばれていくのが見える。
「虎徹さんはどこに・・・?」
彼が着いたときには、相棒の姿はなかった。
先ほどから何度も携帯電話にかけているのに、虎徹からの応答はない。
今も逃亡を図った犯人を追いかけているのだろう。
電話を切ってから、まだそれほど時間は経っていない。
遠くまでは行っていないはずだ。
――こんなところで、ぐずぐずしていても仕方ない。
虎徹の足どりを追うべく、バーナビーは物々しい殺人現場から離れた。

少し離れると、とたんに辺りは静寂に包まれる。
静かな住宅街だ。
一体、どこに行ってしまったんだろう?
だから、一人で行くなと言ったのに。
どうしてあの人は、余計なことばっかりするんだ・・・
今日は、特別な日だというのに。
「・・・ああもう、あのオジサンときたら!」
思わずバーナビーが呟くと、
「ガウ」
答えるように、声がした。
花壇の茂みから、顔を出しているのは、虎だった。
闇の中で爛々と輝く琥珀色の瞳。
濡れた黒い鼻。
丸い耳。
太い前足。
黄色と黒のシマ模様の毛皮に覆われた肉食獣――トラ。
よくできたヌイグルミ・・・なんかじゃない。
正真正銘本物の、生きているトラだ。
――こんなところにどうして虎が!?
動物園からでも逃げ出したのか・・・?
「ガウ」
トラは一声啼いて、茂みの中から這い出してきた。
バーナビーは身構えた。
「きゃああっ!来ないでえっ!!誰か!!助けてえ!!」
背後からの悲鳴に耳をつんざかれた。
バーナビーが振り返ると、たまたま通りかかったらしい中年女性が恐怖に青ざめている。
「大丈夫です、落ち着いて」
バーナビーがそう声をかけると、ようやく我に返ったようだ。
「早く逃げて」
促すと、女性は転がるように駆け出した。
彼女の盾になるようにトラの前に立つと、バーナビーはNEXT能力を発動させた。
動物に罪はない。
傷つけたり、殺したりするのは、本意じゃない。
しかし、自分の身は守らねばならない。ヒーローとして、市民の安全も。
バーナビーの体が青白く輝きだしたとたん、
「・・・クウン」
トラは悲しげな声で啼くと、その場にちょこんと座り込んだ。
そうしていると、ネコみたいだ。
その大きさは、十倍以上はあるが・・・
それでも、じっとこちらを見つめる瞳には愛嬌がある。
サーカスにでもいたんだろうか?人間に慣れているようだ。
「おとなしくしていてくれよ。僕だって、お前を傷つけたりしたくはないんだから」
動物に言葉が通じるはずがないのは分かっているが、でも、口に出さずにはいられない。
バーナビーが思わず呟くと、トラは「了解」とでも言うように「ガオ」と短く吠えた。
用心しながら、試しに近づいていってみる。
トラはバーナビーをじっと見つめて、おとなしくしている。
「いいコだ」
思わず笑みをこぼすと、そのトラはまるでネコが親愛の情を示す時のように、 バーナビーの足にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
「人なつっこいな、お前」
よしよし、と頭を撫でてやると、トラは嬉しそうに目を細めた。
それを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
動物って、人の心を優しくする、不思議な力を持っている。
「・・・あれは・・・」
トラが出てきた茂みに、何かが落ちているのに気付いた。
虎徹の携帯電話だ。
「どうして・・・?」
一瞬、このトラに襲われたのかとも考えたが、そうであれば、辺りに争った後や血痕が残っているはずだ。
だが、よく目を凝らして周りを見回しても、何も変わった様子はない。
通り沿いの花壇は綺麗に剪定され、枝が折れていることもなく、花びらが散っていることもなかった。
ここに、虎徹が来たことは確かだろう。
携帯電話を落としたことに気付かずに、そのまま犯人を追いかけていったのか・・・?
ふいに、電子音が響いて、思考は中断された。
腕のPDAが明滅して、コールが入っていることを告げている。
「バーナビー?」
アニエスの甘い声に名を呼ばれた。
「殺人事件だっていうから、ヒーローたちを招集しようかと思ったら、 あなたが第一発見者だっていうじゃない?驚いたわ」
「正確には、第一発見者は僕じゃありません。虎徹さんです。
虎徹さんは、殺害の現場を目撃したようで・・・」
「まあ、殺人事件の現場に遭遇?ステキ!それってすごい特ダネじゃない!タイガーは今そこにいるの?」
「いえ、探しているんですが・・・犯人を追跡していったみたいで」
「犯人?ということは、人間の犯行ってこと?」
「どういう意味です?」
「今、現場周辺でトラが目撃されていてね・・・
被害者の女性は、そのトラに襲われたんじゃないかって話も出ているところよ」
「トラが人を襲ったんですか?」
「まだ遺体の検証が終わってないから、死因は分からないわ。
でも、なんにしろ、そんな危険な猛獣、野放しにはできないもの。
発見しだい射殺するよう、命令が出されたわ。
バーナビーも気をつけて。
タイガーを見つけたら、すぐに連絡ちょうだい!」
「分かりました」
通信を切ったバーナビーを、トラが琥珀色の瞳で見つめている。
「お前は人間を襲ったのか?」
バーナビーの問いに、トラはまるで言葉が分かるように、ぶるるっと頭を振った。
「ふふっ、そんなこと、動物に聞いても仕方ないか」
バーナビーはふさふさした毛に覆われた、トラの頬を撫でてやる。
「お前は人間を襲ったりしていない。体のどこにも血の跡がないもの。
ただ危険だからというだけで、モノのように処分されるなんて・・・ そんなの人間の傲慢だよな。
お前を故郷の森から人の住む街に連れてきたのは、人間なのに」
ひょいと、トラが後足二本だけで立ち上がった。
太い前足をバーナビーの胸に置いて身を乗り出し、彼の顔をぺろぺろと舐める。
なんだか、なつかれてしまったみたいだ。
「くすぐったいよ」
思わず笑い声を上げると、トラはバーナビーの首筋に頭をこすりつけてきた。
毛がフサフサしていて、気持ちいい。
目を閉じて、その温もりを感じていると、ひどく懐かしい気がした。
以前にも、同じことがあったような・・・?
まさか。
バーナビーは打ち消した。
本物のトラなんて、それこそ小さい頃に両親と一緒に行った動物園でしか見たことがない。
実際に触れたことなど、生まれて初めてだ。
ノラネコですら、ろくに触った記憶もないのに。
そもそも、こんな風に自分以外の生き物の温もりを、じかに感じられるほど 近しい関係を持ったことなど――それが人であれ動物であれ――ない。
長い間、そういう生き方に背を向けてきた。
ほんのつい最近のことだ。
自分以外の命の温もりを思い出したのは。
自分がそれを長い間求めていたことを知ったのは。
それを教えてくれたのは――
「・・・虎徹さん」
思わず口をついて出てきた名前。
「クウン」
甘えた啼き声がして、バーナビーは目を開けた。
トラが長い尻尾をくるくる回しているのが見えた。
その先っぽにひっかかっているのは――見覚えのあるハンチング。
虎徹のトレードマークだ。
トラは器用に尻尾を跳ねさせると、帽子は宙を舞って、トラの頭にのっかった。
心なしか得意げな表情に見えるトラを前にして、バーナビーはきょとんとしていたが、
「・・・これこそ、本物のワイルドタイガーだな」
くだらない。
自分で言って、自分で突っ込んだ。
こらえきれずに、くっくっくっと小さく笑う。
「・・・仕方ないな。ワイルドタイガーは僕の相棒だ」
バーナビーは、トラの琥珀色の瞳を見つめた。
「お前のことは僕が守ってあげる。うちにおいで」
そう告げると、トラが「ガウ」と短く吠えた。


つづく



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