「犯人を追跡したら、それがNEXTで、トラに姿を変えられてしまったと。
そして、犯人を取り逃がしたと。大体そんなところでしょうかね?」
バーナビーが笑顔でトラの頭を撫でながら確認してくる。それに、
「ガウ(おっしゃる通りです)」
トラの姿の虎徹が頷くと、年下の相棒は笑顔から一転、眉をきりりとつり上げた。
「あなたが無事でよかった・・・なんて、僕が泣いて喜ぶとでも思ってましたか?
甘いですよ!!
なにややこしい事態に巻き込まれてるんですか!
余計に厄介なことになってるだけじゃないですか!
だから、一人で行くなと、僕を待てと言ったのに・・・
どうして考えもなしに、身勝手な行動ばかりするんです!!」
「ガウゥ・・・」
叱られた虎徹が、その大きな肉食獣の体を縮こまらせてしょぼんとする。
「・・・まったく」
バーナビーはため息をついた。
「僕には、あなたがワイルドタイガーだと分かります。
でも他の人には、ただのトラにしか見えない。
人間がトラになったなんて、そんな話は信じてくれないでしょう。
犯人を捕まえて、元の姿に戻してもらうしかないですね。
犯人の顔はもちろん、覚えているでしょう?」
「ガウッ!」
まかせろ!というように、力強くトラは吠えた。
「では、あなたはここで前科者リストの顔写真の中から、犯人を探してください。
被害者が女性ということですから、性犯罪の可能性が高い・・・
性犯罪は再犯率が高いですから、前科のある人間の犯行かもしれません。
前に使っていたパソコンがありますから、それを前科者照会のデータベースに接続しておきます。
エンターキーを押すだけですから、その指でもできるでしょう?
力は入れないでいいですからね。
これ以上、うちのものを壊さないで下さいよ。
僕はこれから警察に行って、捜査状況を聞いてきます」
「ガウ?」
なんで?おれも一緒に行く!とトラは言いたいらしい。
「そんな姿のあなたと一緒に外になんて出られませんよ。
トラには射殺命令が出されていますからね、絶対にこの部屋から出ないでください」
びしっと人差し指と立てて、バーナビーは虎徹に命じた。
「しばらくの間、ワイルドタイガーは犯人を追跡中だということにしておきますから。
どうぞ心置きなく、前科者リストを当たってください。
時間はたっぷりありますからね」
一日部屋に篭るよう命じられた虎徹は退屈を持て余していた。
バーナビーが新しいパソコンに残していった前科者の顔写真を一つ一つ見ていくのにも、
ものの十五分で飽きた。
バーナビーの広い部屋に家具が少ないのをいいことに、駆け回ったり壁を登ろうとしたり、
トラの体で動き回るのも最初は面白かったけれども、
そのうちテーブルにぶつかって脚にヒビが入ったのを見て、家主の顔を思い出し、慌てて止めにした。
――外に出たいなー。
一面ガラス張りの大きな窓から、青い空を見上げてため息をつく。
家の中でじっとしているのは、子供の頃から苦手だ。
真夏でも真冬でも、外で体を動かして汗を流している方が性にあっている。
でも、それは叶わない。
窓ガラスに映る自分の姿を見れば、イヤでも思い知らされる。
黄色と黒の縞模様の毛皮に包まれた、獰猛な肉食獣。
それが、今の我が身だ。
はあ、と大きく息を吐く。
――バニーにも迷惑かけることになっちゃったしなー。
嘆いているうちに、小腹が空いてきた。
立ち直りの早いところが、彼の長所だ。
冷蔵庫に首を突っ込み、適当に漁ると、ソファの上でウトウトし始めた。
「ただいま」
と言う声が聞こえて、目を覚ました。
ようやく夜になってバーナビーが戻ってきたのだ。
「ガウウッ(おかえり)!」
トラの姿の虎徹は、シャワーを浴びて出てきたバーナビーに飛びついた。
一人で部屋にいてもやることなくて・・・やっと退屈から解放される!
「かまえーかまえー」とじゃれつくネコみたいに、バーナビーに体を摺り寄せる。
「虎徹さん、前科者の中に犯人いましたか?」
バーナビーに質問されて、虎徹は言葉を詰まらせた。
「ウウ・・・(いやー、それがあんまり見れてなくて・・・)」
「いなかったんですか。まあ、そう簡単にはいきませんよね。
警察に聞いてみましたが、どうやら性犯罪の線は薄そうでした。
今まであの辺りでそういったことは起きてないそうで・・・
不審者の目撃情報もまるでないようですし。
怨恨の線で捜査しているようです」
バーナビーは、申し訳なさそうなトラの様子から良い方に勘違いしてくれたようだ。
「疲れたので寝ます」
そう言って寝室に向かった年下の相棒の顔色は、確かに冴えない。
時計を見れば、もう日付が変わっていた。
ずいぶん遅かったな?
今日はヒーローへの出動要請もなかったし、
取材関係のスケジュールもそんなに立て込んでなかったと思うのだが。
「虎徹さんも寝てください」
いつものように、アンダーウェア一枚でベッドに入って、バーナビーが言ってくる。
トラの姿の虎徹はベッドに飛び上がり、もそもそとバーナビーの隣にもぐりこんだ。
「毛皮、ふさふさですね」
隣で腹ばいになったトラの姿を見て、バーナビーが表情を和らげた。
「ふかふかで気持ちいい・・・」
彼はトラの太い首に両手を回し、フサフサの毛皮に頬を埋めて目を閉じた。
一緒のベッドで寝るのは、いつものことだ。
虎徹の姿がトラになったからといって、バーナビーは気にしないようで、
まったくいつもの通りに振る舞っている。
――いや、いつもよりもずっと素直だな。
いつもだったら、こんな風に虎徹に抱きついてきたりしないから。
もともと、虎徹が年下の相棒と一緒に寝るようになったのは、こいつの寝つきがあんまりにも悪かったからだ。
おやすみという言葉を交わしてからも、長い間何度も寝返りをうっている彼を見かねて、
虎徹はそのベッドにもぐりこんだ。
そうして、子供の頃、兄貴や友達としたみたいに、プロレス技をしかけたり、脇腹をくすぐったりしてやった。
そのたびにベッドから蹴りだされたけれど、それでも、虎徹が自分の寝床に戻ろうとすると、
こいつはすがるような眼差しを送ってくる。
この若者のエメラルドグリーンの瞳は、小憎らしい言葉しか吐かないその口よりもずっと雄弁で、
そして正直なのだ。
虎徹が隣で寝てやるようになって、バーナビーの寝つきもだいぶ良くなった。
それでも、ベッドに体を横たえて、ものの数秒で寝息をたてるほどにはなってはいなかったはずだ。
トラに頬ずりしたまま、すとんと眠りに落ちてしまったバーナビーに虎徹はとまどった。
「ガウウ(おーい、バニーちゃん!どうしたの?なにそんなに疲れてるの)」
耳元で優しく吠えて、大きな肉球でバニーの頬を叩いてみる。
しかし、全く目を覚ます気配はない。
「グルル(こんな遅くまで何してた?)」
耳元でトラが吠えているというのに、バーナビーはフサフサの毛皮に頬を埋めて、幸せそうに目を閉じたままだ。
「ガウ(白状しないと、イタズラしちゃうぞー?)」
虎徹はチュッチュッと若者のほっぺたにキスの雨を降らせた。
この程度のお遊びならば、人間の姿の時からやっている。
そのたびに、バーナビーは怒って虎徹をベッドから蹴りだしたものだったが、しかし、今夜の彼は目を覚ます気配もない。
「んん・・・」
子猫が甘えるような声がした。
バーナビーが白い喉を仰け反らせている。
闇の中にぼんやりと浮かびあがる白い顔に視線が吸い寄せられていく。
長い睫毛はくりんとカールして。
白い頬はふっくらと柔らかく、すべすべで。
規則正しい寝息を漏らす口唇は、薄紅色に色づいて、少し濡れていて。
悪い予感しかしないのに、目が離せない。
「は・・・」
淡い息がトラの耳にかかる。
美しい横顔に見とれていた虎徹は、ぶるるっと、体を震わせた。
今までの状況――成人男性二人が場所がないわけでもないのに寝床を共にしていること自体、
客観的に見れば特異な状況だとは思うが、
虎徹にとっては一人で寝るのを怖がっている子どもに添い寝してやっているだけのこと。
酔った勢いで、抱き合ったり、額や頬にキスをすることはあったが、
それもコミュニケーションの一環だ。
この若者は、そういった経験のない子供時代を過ごしてきたから。
本来なら与えられるはずの愛情を知らずに育ってきた彼に、知ってほしくて。
人と触れ合うことを怖がることはないのだと。
温もりはお前の心を弱くさせるものではないのだと。
能力もあって努力家でもある彼に・・・前途ある若者の未来に幸あれと。
虎徹が願うのはそれだけ。
それだけじゃなくてはならないのに。
――肉体が動物になると、精神も獣のように本能むき出しになっちまうのか?
いやいや、マズイだろ。
これは、マズイだろ。
男同士ってだけで十分マズイのに。
今のおれじゃあ・・・獣姦?
マジ、シャレにならないから!
バーナビーの両手をするりとくぐり抜けると、トラはベッドから下りた。
昼間眠ってしまったので、目はすっかり冴えている。
一日部屋の中では息が詰まりそうだ。
外の風に当たりたい。
こんな時間なら、人目にもつかないだろう。
トラは夜行性の動物なんだからしょうがないよな。
言い訳して、トラの姿の虎徹はこっそり部屋を抜け出した。
住人と鉢合わせになりそうなエレベーターは避けて、非常階段へ向かう。
こんな時間に非常階段を上るような酔狂な奴はいないだろう。
・・・と思ったのだが。
この街の住人のライフスタイルは、虎徹の想像よりずっと多様化していたらしい。
運動のために、とエレベーターを使わずあえて階段を上ることを信条としていた男性に
見つかって、悲鳴を上げられてしまった。
あわててバーナビーの部屋に逃げ帰ったものの――
翌朝にはすっかり騒ぎになっていた。
「こーてーつーさーんー」
トラのこめかみに両手を当てて、グリグリするバーナビー。
ただでさえ寝起きが悪いのに、朝っぱらからマンションの管理会社からの電話でたたき起こされて、
機嫌のいいはずがない。
それも、こんな知らせを聞かされたのでは。
なまじ綺麗な顔立ちをしていると、険悪さが五割増になる。
「外に出るなって言いましたよね?どうして人の言うことをちゃんと聞かないんですか!!」
「クウン、クウン・・・!(いだだだっバニー、痛いって!ごめんなさいっ)」
つづく
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