Real Tiger & Bunny


天井も壁も床も真っ白な病室で、虎徹はリンゴの皮をむきながら、 ベッドの中の相棒に愚痴をこぼしだした。
「まったくよー、あの犯人が全部自供するまで、本当に針のムシロだったんだぞ?
アントニオには『もう人間が信じられなくなった』とか言われるし。
ファイヤーエンブレムは、今まで以上に馴れ馴れしく話しかけてくるし。
おれが折紙に話しかけようと近づいただけで、ドラゴンキッドが飛んできてすごい形相で睨んでくるし。
ブルーローズに至っては、目も合わせてくれねえし。
ずっとみんなから白い目で見られてよー。
男も女も見境なく襲うケダモノだと言わんばかりの軽蔑の眼差し・・・
本当に辛かった・・・」
がっくりとうなだれつつも、虎徹がむき終えたリンゴを差し出してきたので、バーナビーはベッドの中で受け取った。
「犯人が自供を始めて、 彼が他人を動物の姿に変えることのできるNEXTだということが証明されて・・・
あの時の状況がみなさんにも理解されて、誤解も解けたのだからいいじゃないですか」
「よくねーよ!」
逮捕された男は、警察の取り調べに素直に応じているらしい。
彼がブリーダーとして育てたと思われていた、 数々のドッグショーやキャットショーでチャンピオンになった動物たちは、 実はみな、ネコや犬に姿を変えられた女性たちだったそうだ。
虎徹が目撃することになった殺人事件も、 もともと彼女をそのNEXT能力で動物にしようと尾行していたところを見つかって騒がれてしまい、 とっさに護身用に持っていたナイフで刺してしまった。 そう、供述しているらしい。
ちなみに、虎徹とバーナビーの二人が訪ねた時、彼の屋敷にはネコが五匹に犬が四匹いたらしいが、 それも全て元は人間の女性で、今は全員人の姿に戻れたそうだ。
ほとんどは、動物に姿を変えられた場所に連れていっただけで、元に戻れたらしい。
虎徹のようにややこしい状況の人はいなかったようだ。
「さんざん人に迷惑をかけた罰ですよ」
バーナビーがいつもの済ました顔でフッと鼻で笑う。
それを見た虎徹はいつになく神妙な表情になった。
「悪かったな、お前に迷惑かけて・・・こんな怪我まで」
「迷惑かけられたのは確かですが、この怪我は虎徹さんのせいじゃありませんよ。
わざと避けなかったんです」
「は?」
「あなたが人間に戻る方法、それは誰かが目の前で死ぬ場面に立ち会うこと・・・
だったら、その状況を作ればいいんだって思って」
「お前――!」
「もちろん、僕は死ぬつもりはありませんよ。
だから、命に関わらない程度の傷にしました。
思ったより、出血が多くてちょっと気を失ってしまいましたけど」
「ちょっと気を失っちゃいましたー・・・って!ちょっと指切っちゃった、とかと違うんだぞ!?
お前、本当に死んだらどうするつもりだったんだよ!?
おれはあの時、本当にお前が死ぬんじゃないかってどれだけ心配したと・・・!!」
「だからこそ、元に戻れた」
「へ?」
「自分の前で誰かが死ぬ・・・あなたが本気でそう思ったから、元に戻れたんですよ。
全ては僕の計算通りです」
「・・・そうまでして、おれが元に戻らなかったらどうするつもりだったの?」
「別の方法を試すだけです。
そもそも、これが成功するかどうかは賭けみたいなものでしたから」
バーナビーはそっけなく答えると、さらに淀みなく喋り続ける。
「今まで発生した変化系NEXTが関与した事件を全て調べてみたところ、まず、大きく二つに分類できました。 一つは、変化させたNEXT自身が能力を解除しない限り元に戻らないパターン。 もう一つは、元に戻すのにNEXT自身の関与が必要ないパターンです。 前者の場合は、犯人さえ逮捕できれば元に戻ることができるので、 犯人を捕まえることで全て解決できます。 問題は、後者の場合です。 元に戻すのにNEXTの関与が必要ないパターンも、大きく二つに分類できます。 ある一定の時間を経過すると、自動的に能力が切れるパターンと、それ以外の特殊事例です。 時限性のものであれば、何もしなくても元に戻れますが、今回の場合はそうとは考えにくい。 だって、虎徹さんは事件の目撃者ですからね。 人間の姿に戻られたら、すぐに証言されて、指名手配されてしまう・・・」
「・・・ええと?」
「犯人は自分の能力のことは分かっているはずですから、もし時限性のものだったら、 たとえトラに変えたところで、あなたから目を離すはずがない。 従って、今回のあなたの場合、犯人に能力を解除させて元に戻るパターンか、 元に戻すのにNEXT自身の関与が必要ない特殊なパターンか、どちらかに絞られる。 そのどちらに該当するのかは、犯人に直接聞くより他に突き止める方法はありませんから、 どのみち、犯人を逮捕するのが先決だったのですが。 犯人を見つけるのが一番難しいかと思ったのですが、ひょんなところから犯人が分かって・・・ NEXTの能力解除で元に戻るパターンだったら、即解決だったんですけど。 今回は、よりによって一番厄介な特殊事例のケースでしたね。 まあ、本当にあなたって人はどうして、よりによって最低最悪なパターンにひっかかるんでしょうね。 元に戻る条件が、姿を変えられた時と同じ状況を再体験する、なんてそんなの、 過去の事例にありませんでしたよ。 特定の動作や言葉に反応して能力が解除されるっていうのが、 特殊事例の中ではメジャーなパターンでしたから、 そちらの方面では僕もいくつかシュミレーションしていたのですが・・・ これは全く予想外でしたね。 犯人から聞いて、咄嗟に試したものが当たって運が良かった」
「・・・なんか分からんけど、とにかく、バニーちゃんがよく調べてくれたのは分かった」
「当たり前でしょう。 僕が遊んでいたとでも思っていたんですか?
仕事の合間に時間を作って、図書館や新聞社のデータベースや、NEXT犯罪に関するアングラサイトまで、 変化系NEXTの情報を求めてありとあらゆる所を調べ回りましたよ。
あなただって、そんな姿にされてしまって、不安だったでしょう?
このまま一生元に戻らなかったらどうしようとか・・・
のんびり食事したり昼寝したりできる心境じゃなかったでしょう」
「・・・ええと」
虎徹はあさっての方向に視線を泳がせた。
それを見て、バーナビーが眉間にシワを寄せる。
「・・・僕が血眼になって情報収集している間、あなたはのんびり食事したり昼寝したりしてたんですね」
「いや、だって、物事悪いほうへ悪いほうへ考えてたって、暗くなるだけだと思うんだよね。
そのうち、どうにかなるだろう!
心配は、心配事が起こってからすればいいのだ!」
「少しは危機感持ってください!」
「おれはお前を信じていたからな」
「そのセリフ使えば、僕が何でも許すと思ったら大間違いです」
ますます眉間のシワが深くなる。
「これに懲りて、後先考えずに行動するの、止めてください」
「悪かったよ。でもなー、お前があんまポイントポイント言うから・・・」
「僕があなたを追い立てたせいだと?」
「いや別にそういうわけでは・・・」
「もう言いませんよ。あの日が特別だっただけなので」
「特別?」
「もういいです。
さあ、僕に悪いと思うなら、こんな所で油うってないで、オフィスに戻って仕事してください。
今回の件で、さらに処理しなきゃならない書類たまってるでしょうから」
バーナビーにしっしっと追いたてられて、虎徹はイスから腰を上げた。
机に置かれた携帯電話がブルブルと震えだし、着信を告げているのに気づいた。
バーナビーの携帯だ。
「ああ、取ってやるよ」
足を怪我した相棒のために、虎徹が取ってやる。
電話の相手の名前がディスプレイに表示されていて、それを見て驚いた。
「兄貴?」
「ちょっと、僕の電話、勝手に出ないでください!」
バーナビーがベッドの中から文句を言っているが、構わず電話の向こうと話を続ける。
「どうしたんだよ、兄貴」
「虎徹か?バーナビーにかけたつもりだったんだが・・・悪い、間違えた」
「間違えてねえよ。兄貴がどうしてバーナビーに電話なんか・・・」
「何言ってんだ。バーナビーはうちの店のお得意様だからな。
虎徹、今バーナビーと一緒にいるのか?」
「ああ」
「そういうことか。
じゃあ、伝えておいてくれ。
またいい日本酒が入ったんで、送っておいたってな。
ところで虎徹、こないだの大吟醸は美味かったか?」
「大吟醸?」
「そうだよ。バーナビーと一緒に飲んだだろ?」
「ああ・・・」
トラになった時の、あの酒か。
うまかった。
確かにうまかった。
日本酒なんて飲まないバニーがよくこんなの買ったな、と思ったが、兄貴のセレクトなら分かる。
バニーも最初こそ、上品にグラスに注いで飲んでいたが、そのうち 直接口をつけて一升瓶をラッパ飲みしだしていた。
そう、あの日は何だかヤケクソみたいに飲みまくってた。
普段のあいつからは想像もつかない、タチの悪い酔っ払い姿。
年下の相棒の珍しい姿を思い出していると、耳に兄の声が流れてきて現実に引き戻された。
「いきなりバーナビーがうちの店に来たときには驚いたよ。
お前の好みの日本酒がほしいからって、わざわざ。
それで、とっておきの大吟醸を出したんだ。
お前にはもったいないと思ったけどな。でも、バーナビーがなあ・・・
虎徹さんのヒーローデビューした日がもうすぐなので、祝杯を上げたいんです、 なんて言うもんだから。
それで買って帰るときにも、大事に飲みます、なんてすごい嬉しそうでさ・・・
お前はいい相棒に恵まれたな。
大事にしろよ。お前には過ぎた相棒だよ」
ヒーローデビューした日。
そうか。そういうことだったのか。
電話を切ると、バーナビーが不満そうな顔をしていた。
「人の電話に勝手に出るなんて、失礼じゃないですか」
「おれの兄貴なんだからいいだろ」
そういう問題じゃないです、とむくれつつも、なんの用件だったんです?と尋ねてきたから、 いい日本酒が入ったって、と答える。
「なあ、バニー。
あの夜、『お話があります』と言ったのは、おれに説教するためじゃなかったんだな」
「説教ってなんですか・・・もういいですよ」
「お前、なんでおれのヒーローデビューの日分かったの?
おれですら忘れてたのに」
「そんなの調べればすぐに分かることじゃないですか。
自分の記念日くらい覚えておいてくださいよ」
「バニーちゃん、そんなの調べてくれたんだ」
虎徹が言うと、バーナビーはぷいっとそっぽをむいた。
「一応、コンビ組んでる相棒ですし。礼儀でしょ」
まったくもう素直じゃないんだからな。
「ヒーローデビューの祝杯は、おれのデビューした日じゃなくて、お前の日にしようぜ」
「は?」
「お前がデビューした日はつまり、タイガー・アンド・バニーのヒーローデビューだからな。
その記念日までには、ポイント、ゲットしてやるよ。
ポイントゼロのままで祝杯じゃ、やっぱカッコつかないもんな」
虎徹の言葉に、バーナビーはようやく表情をやわらげた。
「ま、期待しないで待ってますよ」
バーナビーはふっと微笑んで、エメラルドグリーンの瞳を向けてきた。
真っ直ぐに向けられる緑の双眸が眩しくて、虎徹は思わず目を細めた。
姿を獣に変えられ、人の言葉を喋れなくなっても、お前はおれを分かってくれた。
一生このままだったらどうしよう?なんて心配せずに済んだのは、 お前が傍にいてくれたから。
潔く認めよう。
そのうちどうにかなるだろーなんて、気楽にかまえられていたのは、 お前のおかげだよ、バニー。
――照れくさいから、言わないけどな。
代わりに虎徹は年下の相棒の頭をぐりぐりと撫でて、
「苦労かけるねえ、バニーちゃん」
「反省した結果は行動で見せてください」
「バニー、こういう時には『それは言わない約束でしょ』って返すのがセオリーだろ?」
「なんですか、そんなセオリー知りません」
虎徹の手を振り払って、バーナビーは手ぐしで髪を整え始めた。
ムキになってヘアスタイルを整える様子は可愛らしくて、まるでウサギが毛づくろいをしているようだ。
微笑ましく思って眺めていると、ウサギちゃんから冷たい視線を送られた。
「や、ホントにポイントゲット、がんばるからさ!もうトラにもされないようにするし!」
あわててもう一度言うと、バーナビーは、
「・・・考えてみれば、人間の時から迷惑かけられてますからね・・・
別にトラでも人間でもどっちでも同じですね。
いやむしろ、トラの肉体の方が今より活躍できそうだ。
ああ、いっそトラのままのにしておいた方が良かったか・・・」
「おいおい」
冗談ですよ、とそっけなく流して、バーナビーは続けた。
「今回の件でよく分かりました。 人間でもトラでも・・・姿は変わっても、あなたは本当に変わらないんですね」
そうして、こちらを向いた若者の顔にはやわらかな笑みが浮かんでいた。
「僕はあなたの相棒です。
たとえ、その姿が変わっても」
――ああ、もう!
「バニー!」
虎徹に抱きつかれて、その勢いで、二人まとめてベッドに倒れこむ。
バーナビーが悲鳴を上げた。
「ちょっとやめてください、虎徹さん!誰かに見られたら・・・!」
言ってるそばから、病室のドアの開く音がした。
「バーナビーさん!お見舞いに来ましたー」
「ハンサム、ケガの具合いはどう?」
同僚を見舞いに来たヒーローたちの表情がこわばった。
「キャー!!」
ブルーローズの悲鳴と共に、虎徹の顔に花束が投げつけられた。
「誤解だー!!」
再び、虎徹の絶叫がこだました。


To be continued...


(蛇足)
このあとは・・・
「だから、やめて下さいと言ったじゃないですか!虎徹さん!!ああ、恥ずかしい・・・!!」
真っ赤になって毛布の中にこもるバーナビー。
「ごめんて!バニー!バニーちゃーん!出てきて!」
虎徹が必死になってバーナビーに謝っている。
「・・・誤解じゃないでしょ。二人が仲いいのは、よく分かったから」
ファイヤーエンブレムの言葉に、ヒーロー一同が頷いた。
・・・ということになったと思われます。




「読んだよ!」ってしるしに、
上のおじさん(WEB拍手ボタン)をポチッと押してやって下さいませ
管理人の励みになりますv



BACK



HOME




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送