There's No Reason


アポロンメディア・ヒーロー事業部のオフィスに出社して、本日のスケジュールを確認する。
「おっ」
虎徹が声を上げると、隣にいた年下の相棒が眉間に皺をよせた。
「なんです?」
「今日、おれの誕生日だ」
「そうですか」
「・・・」
「・・・」
「そんだけ!?」
「何がです?」
「おめでとうございます、とかそーゆーの、ないわけ?」
「子供ならともかく、オジサンが年を取ってめでたいことなんてあるんですか? 死期が近づいただけじゃないですか」
「・・・お前、ミもフタもねえこと言うなよ・・・ めでたくなくても、じゃあ今夜飲みに行きましょうとかさあ、あるだろ?」
「今夜は予定があるので」
「おれとその約束とどっちが大事なのっ!?」
「気持ち悪いからやめて下さい」
「ノリ悪いなー、バニーちゃん」
「クールと言ってください。ふざけてないで、お仕事に行きますよ、オジサン」
くいっと眼鏡の位置を直すと、バーナビーが冷ややかに告げた。
「はいはい」
――まあ、こんなもんだ。
これがいつもの相棒だ。
・・・だから、
「あの・・・虎徹さん。僕のそばにいてもらえませんか・・・?」
ひどく切迫した表情で、すがるように言ってきたこいつは、誰だ。
こんなの、おれの知ってるバニーじゃない。
ほんの数時間、別々の仕事をして、トレーニングに行くために合流したらこうだ。
一体世界に何が起こった?

「僕のそばにいてもらえませんか・・・?」
そう言えたらどんなに楽だろうと思ったことは、何度もある。
たとえば、過去の悪夢にうなされて飛び起きた真夜中に。
たとえば、今までの人生がマーべリックに作られたものなのだと改めて気付かされ、心細くなった夕暮れに。
たとえば、「おはよう」と写真の中の両親に語りかけ、孤独を知る朝に。
でも、そんなこと言えるわけないのも、分かっている。
あの人にそんな風に甘えていいのは、娘さんか亡くなった奥さんだけだ。
アカの他人の自分にそんなことを言う資格はない。
自分にできることと言えば、ただ、 おせっかいなあの人が誰にでも平等に注ぐ優しさのおこぼれにあずかることだけだ。
それだけでも、自分にとっては十分すぎる。
それ以上を求めるのは、ただの子供じみたワガママだ。
分かってる。
絶対に口にするはずのなかったセリフ。
それをうっかり口走ってしまったのには、もちろん理由があるのだ。
『準備ができるまで、虎徹をトレーニングルームに入れない・・・更衣室で足止めする』
それが、今日のバーナビーに課せられたミッションだった。
今日は、虎徹の誕生日。
皆で彼を祝おうと、ヒーロー全員で相談した結果、 トレーニングルームでサプライズパーティーを敢行することになった。
予定では、仕事が終わった後にトレーニングルームに行けば、 もうすでにヒーローみんなが揃っていて準備万端整っている、はずだったのだが。
虎徹と合流する少し前に、ファイヤーエンブレムから電話がきた。
準備が遅れているから更衣室で足止めして!という。
「適当にお喋りとかして場をつないでてちょうだいよ」
「お喋りって・・・そんなのムリです。間がもちません」
「あら、コンビでしょ?いつも二人で一緒にいるんだから、どうってことないでしょうに」
「何を話せばいいんですか・・・」
「いざとなったら、色仕掛けでも♪」
「真面目に答えてください・・・」
「とにかく、頼んだわよ、ハンサム!!」
――そんなことを言われても。
バーナビーは困り果てた。
何も知らない虎徹はいつもの通りさっさと着替えて、そのままトレーニングルームに向かっていく。
呼び止めなければ。
でも、その後、何を話せばいいのか。
場つなぎの会話というものほど、バーナビーにとって難しいものはない。
会話の内容それ自体に、意味も必然性も必要ないからだ。
普段の二人の会話だって、虎徹がなんやかやと話しかけてくるのに、 バーナビーが反応しているだけだ。自分から話かけることなど、ほとんどない。
あるとしたら、業務連絡だとか、スーツの説明聞いたのか、とか、一方的なお説教じみた内容しかない。
そんな話題を持ち出した日には、彼の相棒はたちまち飽きて、 トレーニングルームに逃げていってしまうだろう。
バーナビーが悩んでいる間にも、今にも虎徹は更衣室から出て行きそうだ。
そうして追い詰められた彼の口からとっさに出たのが、先の言葉、というわけだ。
言ってしまってから、バーナビーは激しく落ち込んだ。
いくらなんでも直球すぎるだろう。
意味が分らないし、気持ち悪い。
自分がこんなことを言われたら、間違いなく無視する。
だが、虎徹はくるりと踵を返すと、バーナビーの腰掛けている簡易ベンチまで戻ってくると、 隣に腰をおろした。
「・・・」
「・・・」
「・・・トレーニングルーム、行かないんですか?」
思わずバーナビーが尋ねると、虎徹はきょとんとして、
「お前がここにいろって言ったんだろ」
「それはそうですけど・・・いいんですか?」
「別に急いでるわけじゃねえし」
「あの・・・僕の言うこと、聞いてくれるんですか? こんな意味の分からない、理不尽なこと・・・」
「確かに意味分からねーし、理不尽だと思うよ。 けど、そんなの、いつものことだし。
お前がそうして欲しいってんなら、そうするよ」
「・・・どうして?」
「どうしてって・・・べつに理由なんてねえよ。
そんなもんだろ。
お前が誰かにそばにいてほしいと思うのも。おれがお前のしたいことに付き合うのも」
「意味が分かりません」
「意味分からないのはこっちなんですけど?」
「そうですね・・・すみません」
思わず謝ると、虎徹は「くっくっくっ」と笑っている。
「何がおかしんです?」
「いや。バニーは真面目だなあ」
「僕のこと、バカにしてます?」
「怒るなよ、バニー。 急に寂しくなったり、人恋しくなったり・・・そんなのに理由なんてねえよ。
ま、今日の場合は、れっきとした理由があるみたいだけどな」
「・・・あの、もしかして、バレてます・・・?」
おずおずとバーナビーが尋ねると、虎徹はにっと笑った。
「そりゃ、あんまりにも不自然すぎるもんなー」
「ああ・・・ファイヤーエンブレムさん、ごめんなさい」
バーナビーが落ち込むのを見て、虎徹は能天気な顔で言う。
「別にバニーのせいじゃねえよ。
昨日、トレーニングルームでスカイハイに会ってさ。何かをせっせと運び込んでるみたいだったから、 『手伝おうか?』って声かけたんだよな。
そしたら、『いや!これはワイルドくんには秘密にしておかなければならないのでね!』って。
あーこれは、みんなで何か企んでるんだなーって」
そういうことならば、罪悪感も少しは軽くなる。
「まーしかし、サプライズって意味じゃ成功してるぞ?
『僕のそばにいてください』なんて、バニーにそんなこと言われるなんてなー。
スカイハイの前フリがあっても、びっくりしたわ」
「咄嗟に虎徹さんを止める言葉を思いつけなくて・・・
そうでなきゃ、あんなこと言うわけないでしょ」
「なんで?」
「なんでって・・・さっきあなたも言ってたじゃないですか。 意味分からないし、理不尽だって」
「本当に意味分からないし、理不尽だよ。でも、それって言っちゃ悪いこと?」
「は?」
「バニーは真面目ないい子だから、人に迷惑かけちゃいけないって思ってるんだろう?
それは確かにそうだけど、本当に困っている時に助けを求めるのは、迷惑なんかじゃねえぞ?
むしろ、おれなんかは、頼られると俄然張り切っちゃうタイプだからさ。
調子に乗せとけばいいんだよ」
「え・・・?」
「バニーが誰かにそばにいてほしいって思った時には、遠慮なく言っていいんだぞ。今みたいに。
おれでよけりゃあ、いくらでも付き合ってやるから」
「・・・虎徹さんは優しいですね。
誰にでもそんなことを言っていたら、体がいくつあっても足りませんよ?」
「誰でもじゃねえよ。お前だから言ったの。相棒の特権な!
でも、それってつまり、おれが人肌恋しくなったときには、バニーちゃん、 お前がおれをあっためてくれなきゃダメなんだぞ?」
虎徹はぐいと身を乗り出して、年下の相棒の反応をうかがうようにその顔を覗きこんだ。
彼をからかってやるのは、虎徹の日課のようなものだ。
バーナビーは答えた。
「僕の体温は虎徹さんより低いので、お役に立てるか分かりません」
「ってマジレスか!」
「は?」
「いや、ここは『なんで僕がそんなことしなくちゃならないんです?』ってくるかと思った」
「言われてみればそうですね。ただ・・・ちょっとびっくりしてしまって」
「びっくり?何が?」
「虎徹さんにも、人恋しいと思うようなことがあるんだなって。何だか意外で」
「お前こそ、おれのことバカにしてるだろ?
たそがれてる姿が絵になるのはハンサムだけ、 絵にならない一般大衆がいっちょまえにたそがれたりすんな、とか思ってんなよ?」
「別にそんなことは思ってませんが・・・」
「おれなんてなー、 カミさんには先立たれるわ、娘とは離れ離れの単身赴任生活だわ、 相棒には誕生日なんて死期が近づいただけって言われるわ・・・老い先短い、寂しい中年親父なのよ?」
「なるほど。それは寂しいですね」
「・・・全力で肯定するのはやめてくれる?なんか、本当に悲しくなってきたわ・・・」
思わず顔を覆う。
自分で言った言葉に自分で傷つく。
中年男はナイーブなのだ。


つづく




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